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生涯
1831年10月6日、ドイツのブラウンシュヴァイクで生まれた。父は町のコレギウム・カロリヌムの教授だった。ゲッティンゲン大学で学び、1852年にガウスの指導で博士の学位を取った。ガウスの最後の弟子にあたる。その後ディリクレと親しく交わり、数論を深く学んだ。
1858年からチューリッヒの工科学校で教え、1862年に故郷ブラウンシュヴァイクの工科学校に移って、1894年に退職するまでそこで教えた。生涯結婚せず、同じく独身の姉妹と暮らした。
1872年の『連続性と無理数』では、有理数を2つの組に分ける「切断」で実数を定めた。ディリクレの数論の講義録に付けた補遺では、イデアルの考えを導入している。退職後の1897年の論文では、最大公約数と最小公倍数から作れる式の種類を、記号が4つの場合まで数えた。この数え上げが、のちにデデキント数とよばれる数の始まりである。1916年2月12日、ブラウンシュヴァイクで没した。
関わった公式1
出典
- MacTutor History of Mathematics: Richard Dedekind
- R. Dedekind, Über Zerlegungen von Zahlen durch ihre grössten gemeinsamen Theiler, Fest-Schrift der Herzoglichen Technischen Hochschule Carolo-Wilhelmina (1897), 1-40
- R. Church, Numerical analysis of certain free distributive structures, Duke Math. J. 6 (1940), 732-734