
出典: Wikimedia Commons・内閣官房内閣広報室・CC BY 4.0
生涯
1926 年 9 月 19 日、愛知県に生まれた。1953 年、朝永振一郎の推薦状を得てアメリカのロチェスター大学の大学院に留学し、博士の学位を得た。翌 1954 年 1 月、下宿で開いたすき焼きの会に、のちにノーベル賞を受けるリチャード・ファインマンと南部陽一郎を招いたという。1958 年に東京大学の助教授となり、気球を使う宇宙線の国際観測を率いた。
1979 年、陽子の崩壊をとらえるための地下の装置カミオカンデを考え、その実現に尽くした。観測は 1983 年に始まったが、陽子の崩壊は見つからなかった。1987 年 2 月 23 日、カミオカンデは大マゼラン雲の超新星から来たニュートリノを捉えた。小柴が東京大学を定年で退く 1 か月前のことである。のちに、ニュートリノはすべての人に同じように降り注いでいた、用意していたかどうかだ、と語ったとされる。
2002 年、宇宙ニュートリノの検出への先駆的な貢献で、ノーベル物理学賞を受けた。翌年、賞金などをもとに平成基礎科学財団を作った。2020 年 11 月 12 日、94 歳で没した。
