マラン・メルセンヌの肖像(Marin Mersenne de l'ordre des Minimes.・出典: Wikimedia Commons・Claude Duflos・Public domain)
Marin Mersenne de l'ordre des Minimes.
出典: Wikimedia Commons・Claude Duflos・Public domain

マラン・メルセンヌ

Marin Mersenne

弦の振動の法則を示し、手紙でヨーロッパの学者をつないだ修道士

生没年
1588–1648
地域
パリ(フランス)

生涯

1588 年 9 月 8 日、フランス西部メーヌ地方のオワゼで、働く人々の家に生まれた。1604 年から 1609 年まで、ラ・フレーシュにできたばかりのイエズス会の学院で学び、その後パリのソルボンヌで神学を 2 年学んだ。1611 年 7 月 16 日にミニム会に入り、翌年に司祭になった。

1619 年、パリのロワイヤル広場(いまのヴォージュ広場)の近くにあるミニム会の修道院に戻り、短い旅を除いて、亡くなるまでそこで暮らした。修道院の部屋には学者たちが集まった。デカルト、フェルマー、ガッサンディ、ロベルヴァル、ガリレオらと手紙を交わし、届いた発見や問題を別の学者へ書き送った。学術の雑誌がまだ無かった時代に、ヨーロッパの学者をつなぐ役を果たした。

音と楽器の研究にも長く打ち込んだ。1636 年からの『普遍的調和』で、弦の振動数が長さ・張力・太さ・材料の重さでどう決まるかを示した。 の形の数が素数になる場合についての主張にも名を残し、この形の素数はメルセンヌ素数と呼ばれる。1648 年 9 月 1 日、パリで没した。

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