SBND初の測定、ニュートリノ反応の運動量のずれを説明できる模型なし

ニュートリノがアルゴン原子核に当たって出るミューオンと陽子は、横運動量を足しても0にならない。SBNDが12,804事象でこのずれを測ると、比べた模型の中に3変数すべてを説明できるものはなかった。論文は査読前である。

ニュートリノ振動ニュートリノの重さの上限(KATRINの0.45 eV)

ニュース

足せば0になるはずの2本の矢印が、0にならない。ニュートリノがアルゴンの原子核に当たって飛び出すミューオンと陽子の、ビームに垂直な向きの運動量である。アメリカのフェルミ国立加速器研究所にある短基線近接検出器(SBND)の共同研究チームが12,804個の候補事象でこのずれを測ると、比べた模型の中に、ずれを表す3つの変数をすべて説明できるものはなかった。

SBNDとして初めて、ニュートリノとアルゴンの反応の起こりやすさ(断面積)を測った結果で、フェルミ研が10月30日に発表した。論文はarXivで公開済みで、Physical Review Lettersに投稿中の査読前の段階にある。新しい物理を見つけたという報告ではない。模型の良し悪しを見分けるための測定である。

足せば0のはずの2本の矢印

加速器のニュートリノは、飛ぶ向きははっきりしているのに、1個ずつのエネルギーが分かりにくい。ただ、ビームに垂直な方向の運動量(横運動量)なら、ニュートリノはエネルギーがいくらでも0である。

止まっている自由な中性子にミューニュートリノが当たり、ミューオンと陽子に変わるとしよう。運動量は保存するので、2つの粒子の横運動量を足すと0になるはずだ。論文はこの和を次のように定義し、大きさを測った。

X.-G. Luらは2016年の論文で、の分布はニュートリノのエネルギーにほぼよらないと論じた。

しかし、原子核内の中性子は止まらずに動いている。このフェルミ運動があると、陽子が途中で何にも当たらなくても、中性子がもともと持っていた横運動量の分だけ和は0からずれる。フェルミ運動の運動量は200 MeV/cほどまで及ぶと、Luらの論文は書く。今回の分布も図で読むと0.1〜0.15 GeV/cあたりにピークがあり、SBNDの論文はこの形に、当たった核子の運動量分布が表れていると説明する。

残る2つの変数は角度である。

はミューオンと逆の向きから測ったずれの向きを、は2つの粒子が真反対からどれだけ外れたかを表す。

数字を入れると、の使い道が分かる。ビームの向きから見た平面で、ミューオンの横運動量を GeV/c、陽子を GeV/cとする(説明用の値)。和は0だ。陽子が原子核を出る途中で衝突し、に減速するとどうか。この衝突を終状態相互作用と呼ぶ。和はでミューオンと同じ向きになり、arccosの中の分数は、つまりだ。減速する陽子が多いほど、分布は180°へ寄る。

一方、フェルミ運動に向きの偏りはないので、それだけならは一様に分布するはずだ。実際の分布は180°へ向けて上がり、論文はこの上昇を、原子核の効果を受けた陽子によるものと説明する。

1本ずつなら合うのに、足すと外れる

12,804個という数を支えるのは、標的からわずか110 mという距離である。「検出器がニュートリノ源に近いので、統計はかなり多い。それを生かして、検出器の中で最良の事象を選び抜ける」と、共同研究チームのアフロディティ・パパドプル氏(ジョージア工科大学)は言う。ニュートリノの平均エネルギーは0.75 GeVで、選んだ事象のうち信号が占める割合(純度)は、シミュレーションの予測で91%だ。1

比べた模型は、ニュートリノの反応を計算機で再現するイベントジェネレーターである。表のは測定と模型の差を表し、誤差の範囲で合っていれば自由度と同じくらいになる。

模型(自由度12)(自由度8)(自由度11)
GENIE AR2333.63.911.6
GiBUU 202563.617.331.5
NEUT 6.1.462.46.021.1

いちばん大きなずれが出たのはで、3つとも自由度を大きく超えた。最も近いGENIE AR23でも2.8倍あり、予測はピークで低く、高い側の裾で高い。ピークの低さは、MicroBooNEのアルゴンでの先行測定と共通する。残る2つの変数では、GENIE AR23とNEUTはおおむね合うと論文はまとめる。

意外なのは、その同じGENIE AR23が、ミューオンと陽子を別々に見ればよく合うことだ。運動量と向きの4つの分布で、はどれも自由度の1.5倍以内に収まる。2

矛盾ではない。1本ずつの分布が同じでも、2本の組み合わせ方が違えば、和の分布は変わる。論文はこの食い違いの原因を、終状態の運動学全般の誤りではなく、背後にある原子核物理の扱いが足りないためとみている。

では、模型を直せば済むのだろうか。GENIEのG21という設定を基準に、ハートリー・フォック計算に基づく模型へ替えると、のは31.3から24.6に下がった。それでも自由度12の2倍ある。ところがは13.5から43.0へ跳ね上がる。自由度は8である。

一方を直すと、もう一方が崩れる。

分母のEがずれると、質量差もずれる

原子核内の話が、なぜ振動に関わるのか。ニュートリノ振動の確率では、エネルギーが分母にある。

距離は測れば決まるが、はそうはいかない。発表によると、研究者は反応で出た粒子の飛跡からさかのぼって、エネルギーを組み立てる。ところが論文によれば、アルゴンのような重い原子核では、原子核の効果がその粒子の運動学を変える。

ここからは当サイトの説明である。模型がずれていれば、組み立てたもずれるおそれがある。ただし、今回のずれがやをどれだけ動かすかは、論文も発表も示していない。

効き方は式から読める。確率はの中身がのときに最大になるので、そのエネルギーをとすると

となり、質量の2乗の差はに比例する。液体アルゴンを使う次世代実験DUNEの距離は約1300 kmで、 eV²ならは約2.6 GeVだ。仮にの目盛りが一律に5%低ければ、も5%低い eV²と読むことになる。5%は式の効き方を見るために置いた値である。3

論文が書くのは、T2KやNOvAで相互作用模型の不確かさが大きな系統誤差になっていて、DUNEやハイパーカミオカンデの目標にはさらに絞り込む必要があるというところまでだ。発表は、DUNEが頼る反応の基礎をSBNDが固めると位置づける。

近くで反応を測り、遠くで謎を追う

SBNDには、もう1つの役目がある。600 mの位置にあるICARUSと組み、未知の種類のニュートリノがあるかを調べることだ。発表によると、数十年前に2つの実験が予想と違う比率を記録したのが発端で、MicroBooNEが最近、有力な説明に強い制限をつけたあとも謎は残る。SBNDはこの謎の結果をまだ出していない。未知の種類は、KATRINもベータ崩壊の電子の分布から探している。

110 mと600 mの意味は式で分かる。先ほどのと km、 GeVを入れると、タウニュートリノに変わる確率は、約480万個に1個しかない。ふつうの振動がほとんど進まないので、SBNDでは反応そのものを測れる。一方、2015年の計画の提案書に掲げられたeVの質量スケールから eV²を例にとると、同じエネルギーでの項はSBNDが0.034、ICARUSが0.72と、1桁以上違う。4

今回のデータはRun 1の初めの部分で、標的に当てた陽子にして個分。論文が見込む個分の約9%にあたる。足して0にならない矢印の測定は、まだ1割にも届いていない。

注

  1. 信号は、運動量が一定の範囲にあるミューオン1個と陽子1個を出し、パイ中間子を出さない反応である。ビームのエネルギーで平均したこの反応の断面積は、アルゴン原子核1個あたり cm²である。 ↩

  2. /自由度は、ミューオンの運動量が2.5/12、向きが18.2/14、陽子の運動量が17.7/13、向きが14.6/10である。 ↩

  3. と eV²は当サイトの計算で、2種類だけが混ざる真空の式を使った。とはニュートリノ振動の記事と同じPDG 2026の値である。約1300 kmは、フェルミ研の10月27日の発表の800マイルにあたる。 ↩

  4. と0.034、0.72も同じ式で当サイトが計算した目安である。エネルギーはSBNDの平均の0.75 GeV、距離は110 mと600 mの1点ずつとし、ビームのエネルギーの広がりは入れていない。の項には未知の振れ幅がさらに掛かる。 ↩

出典

  1. Fermilab「The SBND collaboration releases first neutrino results」(2026年10月30日)
  2. SBND Collaboration「Measurements of transverse kinematic imbalance in muon neutrino charged-current interactions on argon with a single proton and no pions in the final state with SBND」arXiv:2610.39042(2026年10月28日投稿・Physical Review Lettersに投稿中で査読前)
  3. X.-G. Lu ほか「Measurement of nuclear effects in neutrino interactions with minimal dependence on neutrino energy」Physical Review C 94, 015503(2016年・公開版 arXiv:1512.05748)
  4. MicroBooNE, LAr1-ND, ICARUS-WA104「A Proposal for a Three Detector Short-Baseline Neutrino Oscillation Program in the Fermilab Booster Neutrino Beam」arXiv:1503.01520(2015年)
  5. Fermilab「Momentum builds for world-leading neutrino experiment hosted by Fermilab」(2026年10月27日)

姉妹サイト

株式会社Game が運営するメディアです。