
出典: Wikimedia Commons・Photogravure Meisenbach Riffarth & Co. Leipzig.・Public domain
生涯
1859 年 2 月 19 日、スウェーデンのウプサラに近いヴィークで生まれた。父はウプサラ大学の領地を測量し、管理する役目にあった。8 歳でウプサラの大聖堂学校に入り、1876 年にウプサラ大学へ進んだ。1881 年からは、ストックホルムで物理学者エーリク・エドルンドのもとで研究した。
1884 年、電解質の溶液の電気伝導度についての学位論文を出したが、評価は低かった。同じ年の 11 月、ウプサラ大学の物理化学の講師となった。1886 年から 1890 年まで、科学アカデミーの奨学金で、リガ、ヴュルツブルク、グラーツ、アムステルダムなどの研究室を回った。
1891 年からストックホルム高等学校で教え、1895 年に物理学の教授となり、1896 年からは学長を務めた。同じ 1896 年、空気中の二酸化炭素が地表の温度に与える影響を計算し、氷河期の原因を論じた。1903 年、電離の理論でノーベル化学賞を受けた。この年には、宇宙物理学の最初の教科書も出した。1905 年、新しくできたノーベル研究所の物理化学部門の所長となった。免疫の化学にも取り組み、1907 年に『免疫化学』を出した。1927 年 10 月 2 日、ストックホルムで没した。