
出典: Wikimedia Commons・作者不明・Public domain
生涯
1811 年 8 月 23 日、フランス南東部のアノネーで生まれた。父は医師で、植物学にも通じた人だった。パリのスタニスラス学院で学び、1829 年、数学の全国の試験で一等を取ってエコール・ポリテクニークに入った。卒業すると、世界を見たいという望みから海軍に入り、1832 年からアルジェリアの海岸の測量に加わった。
兄のルイ・ブラヴェとともに植物の形を研究し、1835 年にパリのフィロマティック協会の会員に選ばれた。1837 年には、葉や種が茎のまわりに並ぶ角度について、兄弟で長い論文を出した。1838 年から 1839 年にかけては、ノルウェー北部のラップランドに滞在し、天文・気象・地磁気の観測を続けた。
1845 年、エコール・ポリテクニークの物理学の教授になった。1848 年からは、空間に規則正しく並ぶ点の集まりを調べ、結晶の並び方は 14 種類の格子にまとめられることを示した。この格子はいまもブラヴェ格子と呼ばれる。科学アカデミーの会員にも選ばれた。1863 年 3 月 30 日、パリに近いル・シェネで没した。
関わった公式1
出典
- Mineralogical Record, Schuh's Annotated Bio-Bibliography: Bravais, Auguste
- L. Bravais, A. Bravais, Essai sur la disposition des feuilles curvisériées, Annales des Sciences Naturelles, Botanique 2e sér. 7 (1837), 42-110
- A. Bravais, Mémoire sur les systèmes formés par des points distribués régulièrement sur un plan ou dans l'espace, Journal de l'École Polytechnique 19 (1850), 1-128