生涯
1946年に米国のニューヨーク州ヨンカーズで生まれた。1968年にプリンストン大学で経済学の学士号を、1973年にスタンフォード大学で博士号を取り、コロンビア大学とプリンストン大学でも教えた。賃金や物価がゆっくり動く仕組みを入れたモデルの研究で知られ、「テイラー契約」の呼び名が残る。
フォード政権とカーター政権の経済諮問委員会で上級エコノミストを務め、1989年からはジョージ・H・W・ブッシュ大統領の経済諮問委員会の委員になった。このときFRBとの連絡役を担った経験が、1992年11月に発表し1993年に論文にしたテイラー・ルールにつながったと本人は語る。
2001年から2005年まで米国の財務次官(国際担当)を務めた。スタンフォード大学の経済学の教授で、フーバー研究所のシニアフェローも務めてきた。