テイラー・ルール

Taylor rule

名刺の裏に収まる式が、6年分の金利の動きをなぞった。

インフレ率と景気のずれから政策金利の目安を出す式。物価が1上がれば金利を1.5上げる形が芯で、中央銀行は参考にするが機械的には従わない。

年代
1993年(発表は1992年11月)
習う
大2・経済学・マクロ経済学
レベル
大学(例題 5 問)
人物
ジョン・テイラー、ベネット・マッカラム、アサナシオス・オルファニデス、ジャネット・イエレン、ポール・ボルカー
作成日
更新日
執筆・監修
佐々木 航
逸話

頼まれた論文とは違っていた

討論者は、話が変わったことに少し気を悪くしていたらしい。1992年11月、ピッツバーグで開かれたカーネギー=ロチェスター会議で、ジョン・テイラーの論文の討論を受け持ったベネット・マッカラムである。22年後の2015年3月の講演で、本人がそう振り返っている。

マッカラムは会議の諮問委員で、数か月前の企画の席で提案していた。日本銀行のような中央銀行の決定が、決まった規則に従ったものか、その場の判断(裁量)なのかを、外の研究者が見分ける方法を論文にしてもらおう。適任としてスタンフォード大学のテイラーに声がかかる。ところが届いた論文にあったのは、見分け方ではなく1本の式だった。

は中央銀行が決める金利の目安、は物価が1年で何%上がったかを示すインフレ率、は景気のずれである。この記事のは円周率ではない。では、数を4つ足すだけの式に、どんな力があったのか。

答えは論文の中の1枚の図にある。1987年から1992年までに米国の中央銀行が動かした金利に、この式が出す線を重ねると、2本がほとんど離れない。「おそらく意外なのは、この規則が過去数年の実際の政策に驚くほどよく当てはまることだ」とテイラーは書いた。

小さな会議室に椅子が並び、何も映っていない頭上投影機の光がスクリーンに当たる。窓の外は葉を落とした木々。人の姿は無い。(画像生成 AI で描いたイメージ)
1992年11月、会議はピッツバーグで開かれた(部屋の様子は想像で描いた)画像生成AIで描いたイメージ
ジョン・テイラー1946–物価と景気から金利の目安を出すテイラー・ルールを1993年の論文で示した

式は名刺の裏に書けるほど短かった。国際通貨基金(IMF)の機関誌が2008年の人物紹介で伝える話である。

木の机の上に、裏返した無地の名刺が1枚と万年筆が置かれている。名刺には何も見えない。人の姿は無い。(画像生成 AI で描いたイメージ)
式は名刺の裏に書けるほど短かったという(IMFの機関誌が伝える話・イメージ)画像生成AIで描いたイメージ

マッカラムは2015年の講演で、当時の討論は洞察に欠け、論文にふさわしい称賛にも遠かったと認めた。そのうえで、金利で書く規則を学者に示し、規則に従っても良い判断ができることを印象の強い図で中央銀行に示した論文だったと評している。頼んだ内容より価値があった、とも。

起源

「神秘」に包まれていた金利

当時の中央銀行は、金利の決め方を多く語らなかった。1991年、イングランド銀行に入ったマーヴィン・キングが元FRB議長のポール・ボルカーに助言を求めると、返ってきたのは「mystique」(神秘)の一語だったという。FRB(米連邦準備制度理事会)は、米国で中央銀行の役目を担う機関である。そのFRBが金利の引き上げを発表するようになったのは1994年2月で、それまで市場は決定を金利の動きから読み取っていた。

1989年、テイラーは大統領に経済を助言する経済諮問委員会の委員としてワシントンに戻り、FRBとの連絡役も受け持った。「FRBの動きは、よく言われるほど混乱してもいなければ、裁量まかせでもないと分かった」と本人は語る。任期を終える1991年、テイラーは「単純で実用的な規則」を考え始めた。外の人にFRBの動きが分かり、FRB自身も成績を測れる物差しである。

土台はモデルの比較だった。モデルとは、経済の動きを式の組で表したものである。論文によると、各国のモデルで金融政策の規則を試すと、世の中のお金の量や為替レートに反応する規則より、物価と実質GDPに反応する金利の規則の成績がよい。ただ係数については、一致した答えが無かった。

テイラーは、式に機械的に従えとも書いていない。1987年10月19日に株式市場が急落すると、FRBは銀行に資金を追加で供給して混乱を抑えた。こうした場面には「単純な規則以上のものが要る」と論文は認め、式を機械的に動かすのは「実際的でない」と言い切る。

取引の終わった証券取引所のフロアに紙片が散らばり、読めない表示板が薄暗く光る。人の姿は無い。(画像生成 AI で描いたイメージ)
1987年10月19日、株式市場が急落した。論文はこれを単純な規則の限界の例に挙げる(イメージ)画像生成AIで描いたイメージ

反響は早かった。会議に出ていたFRB職員のグレン・ルーデブッシュが分析に使い始め、1995年1〜2月の連邦公開市場委員会(FOMC)で、式の名前が初めて発言の記録に出る。金利を決めるこの委員会で、ジャネット・イエレン理事は式を、金利の水準が妥当かどうかの「おおまかな感触」をつかむ材料に挙げた。その年の11月には、FRBの職員が式の変形をまとめた図を委員会へ配り始めた。

広い会議室に、長いテーブルと椅子が並ぶ。卓上の資料は閉じられている。人の姿は無い。(画像生成 AI で描いたイメージ)
金利を決める委員会の席の想像図。1995年の会議の発言記録に式の名前が初めて出る(実在の部屋ではない)画像生成AIで描いたイメージ

物価の目標の2%も、当時はFRBが公表した数字ではない。FOMCが長い目で見たインフレ率の目標を2%と明記したのは、2012年1月である。

では、この短い式は何と何を足しているのか。

証明

4つの項を足して金利を出す

この式の道すじ。 金利は物価の分、景気への反応、物価への反応、実質金利の目安の足し算である(手順1〜4)。同じ文字を集めると1.5が現れ(手順5〜8)、1より大きいと実質金利が上がる。作った模型では、その差が物価の行方を分ける(手順9〜12)。

式の文字を読む

公式i = π + 0.5y + 0.5(π − 2) + 2の読み方。最初のπが物価の分、次の2つが景気と物価への反応、右端の2が実質金利の目安で、iとπとyの単位は%である。

金利は、お金を借りる値段である。100万円を年5%で1年借りると、利息は5万円になる。短い期間の金利の目標を決めるのが中央銀行で、日本では日本銀行、米国ではFRBにあたる。この目標を政策金利と呼ぶ。米国の政策金利は、銀行どうしが翌日まで貸し借りするFF金利(フェデラルファンド金利)である。日本の無担保コールレートも、同じ翌日までの貸し借りの金利だ。政策金利が動くと、家や車のローンの金利もつられて動く。

インフレ率は、物価が1年前より何%上がったかを示す。原典はGDPデフレーターで測る。国内で作られた物やサービス全体の物価である。

GDPは、国内で1年に作られた物やサービスの合計額で、物価の変化を除いたものを実質GDPという。人と設備を無理なく使い切ったときの水準が潜在GDPで、景気のずれはそこから何%離れているかを表す。GDPギャップとも呼ばれ、日本銀行は同じ考え方の数字を需給ギャップと呼ぶ。

破線の潜在GDPのまわりを実線の実質GDPが上下する図で、上にあるときyは正、下にあるときyは負になる。潜在が500兆円、実際が510兆円ならyは2である。

なら無理なく作れる量より2%多く作っていて、なら人や設備が余っている。

金利には、名目と実質の2通りの数え方がある。ふだん目にする金利が名目金利で、そこからインフレ率を引くと実質金利になる1。

年5%で預けても物価が3%上がれば、買える物はおよそ2%しか増えない。借りる側の負担を決めるのも実質金利のほうだ。式の右端の2は、この実質金利の目安である。

名目金利5%の棒を、インフレ率3%と実質金利2%に分けた図。

数を入れて足す

インフレ率、景気のずれを入れる。数は作った例である。

  1. 最初のはそのまま写す。物価が上がった分だけ金利を上げ、実質金利の目減りを防ぐ項だ

  2. 景気のずれに0.5を掛ける

  3. インフレ率と目標2の差に0.5を掛ける

  4. 右端の2を足して合計する

式が出す金利は6%で、実質金利は%になる。景気が熱ければ金利を上げて冷まし、物価が目標より高ければさらに上げる、というのが真ん中の2項の役目だ。逆向きなら下げる。物価も景気も目標どおりならこの2項が消えて4%が残り、そのときの実質金利が2%になる。原典もこの形で説明している。

1.5という芯

よく見ると、は2か所に分かれている。1か所に集めると式の芯が見える。

  1. かっこを外す。0.5をとの両方に掛ける

  2. の項をまとめる

  3. 数の項をまとめる

  4. 数の項を先頭へ移す

同じ種類の項を集める図。πと0.5πで1.5π、−1と+2で+1、0.5yはそのままで、i = 1 + 1.5π + 0.5yになる。

先ほどの数を入れるとで、同じ答えになる。の前の1.5を、インフレ率の係数と呼ぶ。インフレ率が1上がると、金利は1.5上がる。「1対1より大きく動かす」この性質を、日本銀行の解説はテイラー原則と呼ぶ。

図で納得する

なぜ係数が1では足りないのか。を変えずにインフレ率を1上げると、実質金利の動きは、金利の動きからインフレ率の動きを引いた値になる。

係数が1なら実質金利は動かず、0.8ならで下がる。物価が上がっているのに、お金は借りやすくなる。

インフレ率が1上がったあとの流れを2列に並べた図。係数1.5では実質金利が0.5上がって物価は上がりにくくなり、係数0.8では実質金利が0.2下がって物価がさらに上がる。

FRBの解説はこう説明する。一時的でないインフレの上昇に金利を1対1より大きく上げると実質金利が上がり、家計や企業がお金を借りて使う負担が増え、経済の伸びが鈍る。売り上げの伸びが鈍ると会社は値上げを控えるので、インフレが抑えられる。係数が1より小さければ逆に回り、テイラーはこれを1999年の論文で「まさに間違った反応」と呼んだ。

式で確かめる

言葉の説明を数で追うために、3本だけの模型を作る。どれも説明のために作った式で、テイラーの論文にもFRBの解説にも無く、現実の予測には使えない。は係数から1を引いた数で、原典の式なら0.5である。

1本目は景気の項を省いた金利の式、2本目は実質金利が2より1高いとが1下がるという式、3本目はが1あると翌年のインフレ率が0.5上がるという式だ。、なら、1年で3.5まで下がる。

作った模型の1年分の計算。π = 4、c = 0.5なら金利は7、実質金利は3で目安より1高く、yは−1になり、翌年のインフレ率は3.5に下がる。

同じことを文字のまま進める。

  1. 1本目のを2本目に入れる。と2が消える

  2. これを3本目に入れる

  3. 両辺から2を引いて、目標とのずれにする

  4. 右辺をでくくる

目標とのずれは、1年ごとに倍になる。から始めると、次の表のように分かれる。

係数倍率1年後3年後5年後
1.50.753.502.842.47
1.014.004.004.00
0.81.14.204.665.22

係数1.5ならインフレ率は目標へ戻り、1.0なら4%のまま居座り、0.8なら離れていく。この模型の分かれ目は、係数が1を超えるかどうかにある2。3本の式を置いたときの結論で、現実の物価がこの速さで動くという話ではない。

導いた式ではない

ここまでの計算は、どれも式を受け入れてからの話である。0.5や2を導く手順は、原典に無い。テイラーは自分の式を「仮の、しかし代表的な規則」と呼び、係数は「話がしやすい丸い数」だと書いた。

2つの2にも導出は無い。実質金利の2については、仮定した成長率2.2%に近いと述べるだけだ。物価の2は、FRBが1992年に掲げたお金の伸びの目標から逆算した年0〜4%の真ん中にあたる。テイラーはこれを暗黙の目標と呼び、物価統計の偏りを考えれば「おそらく物価が安定した状態にごく近い」と書いた。

日銀レビューの2005年の解説は、この係数を「1987〜92年頃のFRBの金融政策を記述できるパラメータ」としてテイラーが提案したと説明し、元の式は「規範的な政策としての理論的な根拠を持つわけではない」と述べる。規範的とは、こうすべきだと示すという意味である。係数をどう選んだのかを、テイラーは論文に書いていない。研究から形を借り、丸い数を選び、実際の金利に重ねて見せた式と読める。どれほど重なるのかは、数を入れれば分かる。

途中の計算

1992年の統計で式を動かす

この計算の道すじ。 まず1989年4〜6月期のインフレ率を出し(手順1〜2)、を出し(手順3〜5)、式に入れて実際の金利と比べる(手順6〜8)。

セントルイス連銀のデータベースALFREDには、統計が当時の版のまま残っている。1992年12月22日の版は、原典の図と同じ1987年の値段の実質GDPである。テイラーが同じ版を使ったとは限らないので、ここからの数は原典の図そのものではなく、同じ式を計算し直した結果だ。統計は3か月ごとの四半期で出る。金利が山だった1989年4〜6月期から始める。

  1. 物価の指数であるGDPデフレーターを、1年前の同じ四半期の値で割る

  2. 1を引いて100を掛け、%にする

  3. 実質GDPの実績を読む(10億ドル)

  4. 原典にならい、潜在GDPのかわりに年2.2%で伸びる線の値を読む3

  5. 差を割合にする

  6. 式のかっこを計算する

  7. 4つの項を足す

  8. 実際のFF金利の四半期平均と比べる

1992年12月の統計の米国の実質GDPを実線、年2.2%で伸びる線を破線で描いた図。1989年4〜6月期は線より約2.97%上、1992年7〜9月期は約2.18%下にある。

1990年の終わりにはマイナスへ落ち、式の答えも実際の金利も下がっていく。同じ計算を1987年1〜3月期から1992年7〜9月期までの23四半期で続けると、次の2本の線になる4。

係数1.5、1992年の版で、2本の差の大きさを23四半期で平均すると0.32ポイントに収まる。これを平均のずれと呼ぶ。%で表した数どうしの差は、ポイントで数える。原典は数の表を載せていないので、比べられるのは図だけだ。図を目で読むと式の線は始まりが約5.2%、山が約9.6%で、この計算の5.21%と9.61%に近い。いちばん離れるのは1987年1〜3月期で、約1ポイントである5。

係数を0.1刻みで動かすと、平均のずれは1.5でいちばん小さくなる。丸い数にしては、よく当たっている。ただ、線の高さを0.5%上下させるだけで、いちばん合う係数は1.4や1.6へ移る。ぴったり1.5になることに、あまり意味を読まないほうがいい。

統計を替えると、話はもっと変わる。今の版で同じ線を引き直すと平均のずれは0.90ポイントに広がり、潜在GDPを米議会予算局の推計に替えると1.10ポイントになる。いちばん合う係数も2.1へ動く。

応用

式どおりには決めない

FRBの解説の見出しは、はっきりしている。「政策当局は規則を参照するが、機械的には従わない」。何が式の邪魔をするのか。

まず、式に入れる数があとから変わる。1992年の版と、2026年11月6日に取得した今の版で同じ四半期を比べると、次のようになる。の相手は、当時が年2.2%の線、今が米議会予算局の潜在GDPである。

四半期統計式の答え
1987年1〜3月当時2.92−0.335.21
今1.99−0.693.64
1989年4〜6月当時4.752.979.61
今4.231.728.21
1992年7〜9月当時2.54−2.183.72
今2.07−0.973.62

実際のFF金利は上から6.22%、9.73%、3.26%だった。同じ1987年初めのインフレ率が、0.93ポイントも書き換わっている。アサナシオス・オルファニデスは1997年の論文で、FRBが当時手にしていた数字で式を計算し直し、後の統計で計算した値と最大で2ポイント近く開くことを示した。そもそもその期の数字は、その期のうちには手に入らない。

次に、潜在GDPは誰も直接測れない。つまりの引き算の相手が推計値なのだ。日本銀行は、需給ギャップの推計値は「推計手法によってかなり異なる値をとりうる」ので「十分な幅を持って評価する必要」があると断っている。

さらに、式の答えは0の下へ平気で入るが、実際の金利は0を大きくは割れない。今の統計の2009年7〜9月期は、で、式の答えは次の値になる。

2007年から2010年までの、式の答えと実際のFF金利の図。式の答えは2009年7〜9月期に−1.30%まで下がるが、実際の金利は0付近で止まる。

実際のFF金利は0.16%だった。2020年4〜6月期も、式の%のとき実際は0.06%である。FRBはこの底を実効下限と呼び、下限を組み込んだ別の規則も説明している。日本でも、日銀レビューの2005年の解説によると、日本のデータに当てはめた式は2001〜2003年にマイナスになり、コールレートは0%に張り付いた。

最後に、右端の2も動く。目安を1に替えると式は次の形になり、、の答えは6%から5%へ下がる。

実質金利の目安を数直線に並べた図。テイラーの式は2、FOMC参加者の見通しの中央値は2012年の2.25から2017年の0.75へ、日本銀行の6つのモデルは−0.9から+0.5の幅、サンフランシスコ連銀の中期の推計は約1.5である。

FRBの解説によると、FOMC参加者が見通す長い目で見た実質金利の中央値は、2012年1月の2.25%から2017年9月の0.75%へ下がった。

それでも、式は計算され続けている。クリーブランド連銀は7つの規則と3つの予測の組み合わせを、四半期ごとに公表している。2026年9月の更新では、1993年の形の式が2026年7〜9月期に出す答えが、予測の出どころによって4.80%、5.69%、6.44%と分かれた。だから、ニュースで「テイラー・ルールでは何%」という数字を見たら、に何を使い、を誰の推計で出し、右端の2をいくつと置いたかを見ておきたい。式の答えは、その3つの選び方の結果である。

例題と解説

手で金利を計算する

例題 1基本式に数を入れる

(1)、のとき、式が出す金利と実質金利を求めよ。

(2)、のとき、式が出す金利を求めよ。

解説を見る

(1)4つの項を足す。

金利は1.5%で、実質金利は%である。

(2)同じように足す。

式の答えは%で、実際の金利をここまで下げるのは難しい。

例題 2基本まとめた形で計算する

を使う。

(1)、のときの金利と実質金利を求めよ。

(2)だけ5に上げると、金利と実質金利はそれぞれどれだけ変わるか。

解説を見る

(1)で、金利は8%、実質金利は%である。

(2)で、金利は1.5上がる。実質金利はで、0.5上がる。

例題 3入試係数が1より小さい場合

として、でとする。

(1)インフレ率がからへ上がると、金利はいくつからいくつへ変わるか。

(2)実質金利は上がるか、下がるか。

解説を見る

(1)ではである。では次の値になる。

(2)実質金利はからへ下がる。金利の上げ幅0.8が、インフレ率の上げ幅1に届かないからだ。

例題 4難関目標とのずれを追う

本文の模型で、最初をとする。

(1)3年後のを求めよ。

(2)目標とのずれが初めて1未満になるのは何年後か。

解説を見る

(1)最初のずれは2で、1年ごとに0.75倍になる。

は約2.84%である。

(2)2年後のずれはで、まだ1以上だ。3年後に0.84になるので、答えは3年後である。

例題 5大学景気への反応を入れた模型

、、を正の数として、次の3本を考える。

(1)をで表せ。

(2)目標とのずれが1年で何倍になるかを求めよ。

(3)、、のとき、との倍率を求めよ。

解説を見る

(1)1本目からである。これを2本目に入れる。

を左辺へ移し、左辺をでくくってで割る。

(2)3本目に入れて両辺から2を引く。

右辺をでくくると、かっこの中が倍率になる。

(3)では、ではである。が極端に大きくなければ、景気への反応を入れても、が正か負かで縮むか広がるかが分かれる。

図示

傾きが1をまたいだ2つの時代

横軸がインフレ率、縦軸が金利の図。1987〜97年の線は傾き1.53、1960〜79年の線は傾き0.81で、傾き1の破線との交点は1987〜97年の線では約1.5%である。

テイラーは1999年に、米国の政策金利をインフレ率とに当てはめ直した。インフレ率の係数は1960〜79年が0.81、1987〜97年が1.53である。図はの場合で、論文の定数を入れると2本はとになる。破線との交点が、実質金利2%と両立するインフレ率にあたる。

もっとも、この読み方には異論がある。オルファニデスは2001年の論文で、FOMCが当時手にしていた予測で測り直すと、1979年の前後とも予想インフレ率への反応は強かったと報告した。2本の線の差は、どの統計で測るかにも左右される。

シミュレーション

3つのつまみで金利を動かす

太い線が、今のと係数で決まる式である。中が空いた丸が式の答えで、破線より上なら実質金利は2%より高い。点線の三角は、を1増やすとが上がることを示す。を動かすと線は上下に平行移動し、を動かすと傾きが変わる。を負にすると傾きは破線より緩くなる。のまま、まで下げると、丸は斜線の領域に沈む。金利が0を割る所である。

広がる学問

金利の式が届く学問

  • 経済学 経済全体のモデルに中央銀行を入れるとき、金利の決まり方としてこの形の式を置く。カンザスシティ連銀の2010年の論文によると、大小のモデルの標準になっている。オプションの値段を計算するブラック=ショールズ方程式の金利も、政策金利の動きを受ける市場の金利である。
  • 数学 ずれが毎年同じ倍率で変わる漸化式の安定を調べるとき、同じ計算が現れる。倍率の絶対値が1より小さければずれは縮み、1より大きければ広がる。金利の計算を細かく組み入れていくと、ネイピア数に行き着く。
  • 政治学 中央銀行にどこまで判断を任せ、どう説明を求めるかを考えるとき、物差しとして使う。テイラーの論文は規則と裁量の区別を、キドランドとプレスコットの1977年の研究などに求めている。
いまの研究と事業

「2」と「y」を測り直す

  • 2026年3月 日本銀行 企画局: GDPの基準改定を受けて、6つのモデルで自然利子率を計算し直した。景気を温めも冷やしもしない実質金利の水準で、式の右端の2にあたる。2025年7〜9月期の値は−0.9%程度から+0.5%程度の範囲である。(出典: 日銀レビュー2026-J-5)
  • 2026年3月 日本銀行 調査統計局: 需給ギャップと潜在成長率の推計を見直し、労働需給の指標を補いとして四半期ごとに公表する形にした。式のの測り方を広げる動きである。(出典: 需給ギャップ・潜在成長率および労働需給関連指標)
  • 2023年 ニューヨーク連銀: ホルストン、ローバック、ウィリアムズが米国の自然利子率のモデルをコロナ禍のあとのデータに合わせて改め、連銀は推計の定期の更新を再開した。定数の2を、時間で変わる推計に置き換えるときの材料である。(出典: Measuring the Natural Rate of Interest)
  • 2026年8月 ヴァスコ・クルディア(サンフランシスコ連銀): 5年先までの動きを重く見た中期の自然利子率を提案し、今の値を約1.5%と見積もった。式の定数を、短期の推計より安定し、定数より経済の変化に反応する値に替える考えである。(出典: FRBSF Economic Letter 2026-22)

頼まれたのは、中央銀行の決定を外から見分ける方法だった。テイラーが届けた1本の式は、今、その物差しとして使われている。

参考文献

  1. J. B. Taylor, "Discretion versus policy rules in practice", Carnegie-Rochester Conference Series on Public Policy 39 (1993), 195-214(著者の公開版。式は202ページ、図1は204ページ).
  2. B. T. McCallum, "Remarks on John Taylor's Contributions", Shadow Open Market Committee(2015年3月20日).
  3. P. Loungani, "Taylor's Rule", Hoover Digest 2008 No. 4(IMFのFinance & Development 2008年3月号の再掲); Hoover Institution: John B. Taylor.
  4. P. F. Asso, G. A. Kahn, R. Leeson, "The Taylor Rule and the Practice of Central Banking", Federal Reserve Bank of Kansas City RWP 10-05(2010).
  5. 米連邦準備制度理事会, Principles for the Conduct of Monetary Policy; Policy Rules and How Policymakers Use Them; Challenges Associated with Using Rules to Make Monetary Policy; FOMC statement of longer-run goals(2012年1月25日).
  6. J. B. Taylor, "A Historical Analysis of Monetary Policy Rules", in Monetary Policy Rules (University of Chicago Press, 1999), 319-348(係数は表7.1).
  7. A. Orphanides, "Monetary Policy Rules Based on Real-Time Data", FEDS 1998-03(1997年12月); "Monetary Policy Rules, Macroeconomic Stability and Inflation: A View from the Trenches", FEDS 2001-62(2001年12月).
  8. 小田信之、永幡崇「金融政策ルールと中央銀行の政策運営」日銀レビュー2005-J-13(2005年8月).
  9. セントルイス連銀FREDのFEDFUNDS、GDPC1、GDPDEF、GDPPOT(2026年11月6日取得)と、ALFREDのGDPC1、GDPDEFの1992年12月22日版と1993年3月31日版; クリーブランド連銀Simple Monetary Policy Rules(2026年9月4日更新).

注

  1. 正確には、預金の伸びを物価の伸びで割ってとなり、約1.9%である。数が小さいときは引き算で十分に近い。 ↩

  2. 倍率は、が4を超える、つまり係数が5を超えるとより小さくなり、ずれは正と負を行き来しながら広がる。係数は1を超えれば大きいほどよい、という話ではない。 ↩

  3. 原典は線の伸びを年2.2%と書くだけで、高さの数を示していない。線の高さは、1984年1〜3月期から1992年7〜9月期まで実績と線の比が平均して1になるように合わせた(正確には対数の差の平均を0にした)。できた線は、原典の図2の線と目で見てほぼ重なる。 ↩

  4. 原典の図の線は1992年の終わりまで続くが、1992年12月の版にその期の数字は無い。原典の最後の点は、この版より後の統計か見込みの数字である。1993年3月末の版でも1992年7〜9月期までの数は同じだった。図の1992年後半の2点は、目で読むと計算より0.1〜0.2ほど低い。 ↩

  5. 原典は1987年のずれを、株式市場の急落を受けた利下げで説明する。急落は10月なので、1〜3月期のずれはその前に生じている。 ↩

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