月の光で測った炭酸
二酸化炭素(CO₂)の濃度が2倍になると、地表の気温は、十分に時間がたったあとで3 °Cほど上がる。厄介なのは「ほど」の幅だった。1979年に示された1.5〜4.5 °Cという幅は、2013年のIPCCの報告でもそのまま使われ、2020年になってようやく、66%の確からしさで2.6〜3.9 Kまで狭まった。温度の差なので、1 Kと1 °Cは同じ大きさである。
幅を縮めたのは、新しい観測装置ではない。雲などのしくみの理解が進んだことと、3種類の手がかりをベイズの定理で掛け合わせる計算だった。もとになる対数の規則は、130年前に手計算で見つかっている。
1895年12月11日、スウェーデン王立科学アカデミーで、スヴァンテ・アレニウスの論文が発表された。その内容は翌1896年4月、英国の『フィロソフィカル・マガジン』に英語で40ページにわたって載る。

アレニウスの手元には、空気が赤外線を吸う量を測る装置が無かった。必要な実験には「とても高価な装置」が要り、自分には用意できないと論文に書いている。代わりに使ったのは、米国のラングレーが月から届く放射を測った記録だった。ラングレーは満月から届く熱を、月の高さと季節を変えて測り、波長ごとに21の帯に分けて数字を残していた。月からの放射が通ってきた空気は、月が低いほど厚い。その違いを手がかりにすれば、水蒸気と炭酸(二酸化炭素の当時の呼び名)が熱をどれだけ吸うかを割り出せる。

「並外れた関心が結びついていなければ、こんな退屈な計算はきっと引き受けなかった」と、アレニウスは書いている。関心の先は氷河期にあった。ストックホルムの物理学会では、氷河期の原因をめぐって、ときおり活発な議論が交わされていた。同僚のヘーグボム教授と話すうちに、空気中の炭酸が増減すると気温がどれだけ変わるかを見積もることになった。
計算は、炭酸の量を今の0.67倍、1.5倍、2倍、2.5倍、3倍にした5通りについて、緯度10度ごと、季節ごとに進めた。2倍の列の年平均を見ると、赤道で4.95 °C、北緯70度で6.05 °C上がる。
表を眺めたアレニウスは、ある規則に気づく。0.67倍に減らしたときの下がり方は、1.5倍に増やしたときの上がり方とほぼ同じだった。そこからさらに同じ3.4 °Cを上げるには、2倍と2.5倍のほぼ中間まで増やす必要がある。0.67、1、1.5、2.25は、どれもほぼ1.5倍ずつの比で並ぶ。
「炭酸の量が等比数列で増えれば、温度の上がり方はほぼ等差数列で増える」
濃度を掛け算で増やすと、温度は足し算で上がる。つまり、昇温は濃度の対数に比例する。アレニウスは「この規則は、当然ながら調べた範囲でだけ成り立つ」と断りも添えた。
2倍で5〜6 °Cという答えは、2021年のノーベル物理学賞の解説によれば、「いくらか偶然に」今の見積もりと驚くほど近い。一方で、反論もすぐに出た。1900年、オングストロームは、空気はすでに赤外線を吸い尽くしていて、二酸化炭素を足しても暖まらないと主張した。IPCCの第6次評価報告書によると、この主張の誤りが分かったのは半世紀後のことである。
では、2倍でいったい何度なのか。そして答えの幅は、なぜ40年も縮まらなかったのだろうか。
1.5〜4.5 °Cの40年
1967年、真鍋淑郎とリチャード・ウェザラルドは、計算機の中に作った気候で二酸化炭素を2倍にした。地表から高さ40 kmまでの空気の柱1本で気温を計算するモデルに、対流が熱を上へ運ぶ働きと水蒸気の潜熱を組み込んだものである。同じ解説によれば、計算には貴重な計算機の時間を何百時間も使い、結果は2 °Cあまりの上昇だった。真鍋はこの流れの仕事で、2021年のノーベル物理学賞を受けている。
1979年、全米研究評議会の報告『二酸化炭素と気候』、通称チャーニー報告は、2倍のときの昇温を1.5〜4.5 °Cとした。2020年の評価論文によれば、氷床と植生を今のまま固定し、十分に時間がたったときの昇温という定義は、この報告にさかのぼる。ただし報告は、この幅の内と外にどれだけの確率があるかまでは見積もっていない。
幅はその後も、ほとんど動かなかった。2007年、IPCCは第4次評価報告書で、66%以上の確率で入る「可能性が高い」範囲を2〜4.5 °C、最良の見積もりを約3 °Cとした。ところが2013年の第5次では、範囲が1.5〜4.5 °Cに戻り、最良の見積もりは示されなかった。
縮まらなかった理由を、同じ評価論文はこう説明する。手がかりはいくつもの筋に分かれ、どの筋もそれだけでは決め手にならない。しかも分野が広く、一人の研究者が深く分かるのは、一つか、せいぜい数本の筋に限られる。
2020年の評価は、世界気候研究計画(WCRP)の取り組みとして、2015年にドイツのリングベルク城で開かれた研究集会のあとに始まった。評価には25人が加わり、東京大学大気海洋研究所の渡部雅浩も名を連ねる。筆頭著者は、オーストラリアのニューサウスウェールズ大学のスティーブン・シャーウッドである。

評価は、手がかりを3つの筋に分けた。最初の筋は、雲などのしくみの理解である。地表が暖まると、宇宙へ逃げる赤外線が増え、水蒸気が増え、雪と氷が減り、雲の量と高さが変わる。観測と、雲を細かく解くモデルと、理論を使ってそれぞれの効き目を見積もり、足し合わせる。いちばん不確かなのは雲だった。
次の筋は観測の記録で、1861〜1880年から2006〜2018年までに、地表は1.03 K暖まった。その間に加わった強制力は1.83 W/m²で、地球に入る熱が出ていく熱を上回る分は1 m²あたり0.6 W増えたと見積もられる。強制力の幅が大きいのは、大気中の微粒子(エアロゾル)が日射をどれだけ遮るかがよく分かっていないためだ。
最後の筋が過去の気候である。約2万年前の最終氷期最盛期には、北半球に大きな氷床が広がり、地球は産業革命前より約5 K寒かった。約300万年前の鮮新世中期には、CO₂が375 ppm前後で、気温は今の間氷期(完新世)より約3 K高かった。

結論は2020年に出た。66%の確からしさでSは2.6〜3.9 K、中央値は3.1 K、5〜95%の範囲は2.3〜4.7 Kである。66%の幅は第5次の半分以下で、とくに下の端が上がった。翌2021年、IPCCは第6次評価報告書で最良の見積もりを3 °Cとし、66%以上の確率で2.5〜4 °C、90%以上の確率で2〜5 °Cに入るとした。
2倍ごとに同じだけ上がる
式は、エネルギーの出入りが釣り合うことと、強制力を対数で近似することの2つからできている。はCO₂を増やしたことで大気の上端に生じる正味の加熱で、1 m²あたりのWで測る(有効放射強制力)。は、大気の上端で地球に入る正味の放射がどれだけ変わったかを表す。はフィードバック係数と呼ばれ、地表が1 K暖まるごとにがどれだけ変わるかを表す。負なら気候は安定している。
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上端で起きる放射の変化を、強制力と気温への応答に分ける
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十分に時間がたつと、出入りが釣り合う
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昇温について解く
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強制力を濃度の対数で近似する
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2倍のときの値で書き直す
CO₂の濃度を対数の目盛りで並べると、昇温は直線になる。280 ppmから2倍ごとにSずつ上がり、420 ppmでは0.58Sになる。 -
手順3に代入する
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とおく
手順4の係数は、1998年にミーレらが放射の計算から求めた5.35 W/m²が長く使われた。この式はIPCCの第3次評価報告書にも簡単な式として載り、第5次も同じ形を使っている。このとき W/m²である。第6次は、1750年の278 ppmから2倍にしたときの強制力を、5〜95%の範囲で3.93 ± 0.47 W/m²としている。対数の法則を使えば、濃度を2倍にする掛け算が、昇温を1段ずつ積む足し算に変わる。
対数は便利だが、近似である。第6次が使う式で、対流圏の調整を足す前の強制力を当サイトで計算すると、1750年の濃度から2倍で3.75 W/m²、4倍で7.87 W/m²になる。4倍は2倍のちょうど2倍ではなく、2.10倍だ。第6次も、モデルで4倍にした実験の強制力を2倍と比べるときは、半分ではなく0.476倍にしている。もとになった放射の計算は、180〜2000 ppmの範囲で作られている。λも一定ではなく、多くのモデルでは暖かくなるほど0に近づく。アレニウスの「調べた範囲でだけ」は、今も生きている。
もう一つの注意は、Sの定義にある。シャーウッドらの論文のSは、平衡気候感度そのものではない。モデルでCO₂を急に4倍にし、最初の150年について、気温と、大気上端で放射が釣り合わない量とを直線で回帰する。不釣り合いが0になる点まで直線を延ばして昇温を読み、2倍あたりに直したものがSになる。この値は実効気候感度(effective climate sensitivity)と呼ばれ、2004年にグレゴリーらが示した回帰の方法に基づく。
しかし150年では、深い海や植生のようにゆっくり効く応答が出きらない。長く回したモデルでは、4倍の平衡まで待った昇温は、2倍あたりにしてSより中央値で17%高かった。一方で、2倍を2回重ねる4倍は、1回の2倍より感度がやや高い。2つの効果が一部打ち消し合い、2倍の平衡気候感度はモデルの平均でSより6%高いだけだった。この比には±20%の不確かさが残るが、論文はSを平衡気候感度のよい近似として扱っている。
過渡気候応答とも違う。過渡気候応答は、CO₂を毎年1%ずつ増やし、約70年で2倍になった時点の昇温を指す。第6次は1.8 °C、66%以上の確率で1.4〜2.2 °Cと見積もった。海が熱を吸い込む間は、気温は平衡の値まで上がりきらない。式のは、濃度をその値に保って十分に待ったあとの昇温を指し、今の時点までに実際に上がった気温とは違う。
1/λが右の裾を伸ばす
シャーウッドらは、手がかりをSではなくλで書いた。λなら、どの手がかりの式にも素直に入るからだ。最後にでSに直すと、分布の形が変わる。
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しくみの手がかりからの分布をとる
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論文の表1の W/m²でSに直す
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を標準偏差1つ分ずつずらす
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それぞれのSを求める
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中央値からの距離を比べる
λを左右に同じだけずらしたのに、Sは下へ0.78 K、上へ1.57 Kと、2倍の差で広がる。シミュレーションの読み出しは標準偏差の0.954倍ずつずらした66%の範囲で、既定の0.44では下へ0.75 K、上へ1.46 Kと出る。λが0に近づくとSは際限なく大きくなるので、Sの分布には長い右の裾が付く。標準偏差を0.7まで広げると、下へ1.00 K、上へ2.69 Kと、上側ばかりが伸びる。つまり、裾を短くするには、λそのものの幅を狭めるしかない。
その道具がベイズの定理である。論文の式(10)は、3つの手がかりを次の近似で掛け合わせる。
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3つの手がかりを掛け合わせる
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しくみ、記録、過去をそれぞれ正規分布で近似する
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精度(分散の逆数)を足す
3本の正規分布を掛けると、真ん中が高く幅の狭い1本になる。積の標準偏差は0.29で、どの手がかりの0.44や0.55より小さい。 -
精度で重みをつけて平均する
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()で66%の範囲をとる
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Sに直す
手順7のうち、しくみの分布は論文の表1から取った。記録の分布は、論文が手がかりどうしの重なりを調べる節で使った近似である。過去の気候の尤度は論文に正規分布の形では書かれていないが、もとになる値は表7と表8にある。当サイトでは、その値(最終氷期最盛期の−5 ± 1 K、鮮新世中期の+3 ± 1 Kなど)を使い、2つの時代それぞれの尤度をモンテカルロ法で計算した。それを掛け合わせ、正規分布で近似したものが手順7の3つ目にあたる。
手で出した2.53〜3.89 Kは、論文の2.6〜3.9 Kとほぼ重なる。4.5 Kを超える確率は同じ計算で7.6%となり、論文が基準とする計算の7%に近い。下の端が0.07 K低いのは、記録の手がかりを左右対称な正規分布にしたためと考えられる。論文の計算では、低いSをいちばん強く退けているのは記録の手がかりで、その尤度は対称ではない。
事前分布はλについて一様とした。論文の基準も同じである。Sについて一様な事前分布にすると、論文の66%の範囲は2.8〜4.5 Kに上がる。λで一様な分布は、Sで見ると大きな値ほど薄くなるからだ。
280 ppmから420 ppmで何度か
Sは「何度上がるか」ではなく、「2倍ごとに何度上がるか」を表す。濃度が280 ppmから560 ppmになっても、560 ppmから1120 ppmになっても、上がるのは同じSだ。逆に、同じ140 ppmを足しても、280 ppmから420 ppmでは0.58S、420 ppmから560 ppmでは0.42Sと、後の140 ppmほど効きは小さい。
今の濃度で計算してみる。世界気象機関(WMO)の発表によると、地上で測ったCO₂の濃度は2023年に世界平均で420.0 ppmに達し、産業革命前の151%にあたる。IPCCの第6次評価報告書が使う1750年の濃度は278.3 ppmである。
S = 3.1 Kなら昇温は1.84 K、66%の範囲の2.6〜3.9 Kなら1.54〜2.32 Kになる。CO₂を420 ppmに保ち、ほかの条件を変えずに十分に待ったときの値である。2倍の556.6 ppmまでは、まだ137 ppmある。
観測された昇温と比べると、話はそう単純ではない。第6次によれば、世界の地表の気温は、2011〜2020年の平均で1850〜1900年より1.09 °C高かった。まず、海が熱を吸い込んでいる間は、気温は平衡の値に届かない。次に、効いているのはCO₂だけではない。2019年の人間活動による強制力は、1750年と比べて合計2.72 W/m²で、このうちCO₂は2.16 W/m²である。メタンなどは上乗せするが、エアロゾルは差し引く。CO₂だけを式に入れた値は、観測と直接には比べられない。
対数の近似がどこまで合うかは、同じ数字で確かめられる。2019年の409.9 ppmでを計算すると2.20 W/m²になり、第6次が自前の式で出した2.16 W/m²との差は2%にとどまる。
濃度の記録そのものは、ハワイのマウナロア観測所で1958年にキーリングが始めた測定が最も長い。

対数と分布で手を動かす
例題 1基本対数で昇温を出す
K、 ppmとする。
(1) ppmのときのを求めよ。
(2) Kになるを求めよ。
解説を見る
(1)式に入れるとで、なので、 Kである。
(2)からとなり、 ppmである。
例題 2基本強制力からSへ
強制力を W/m²で近似する。
(1)を求めよ。
(2) W/m²/Kのとき、Sを求めよ。 W/m²の場合とも比べよ。
解説を見る
(1) W/m²である。
(2)定義に入れると Kで、 W/m²なら Kになる。同じλでも、2倍の強制力の見積もりが6%変わると、Sも6%変わる。
例題 3入試濃度が指数関数で増えるとき
CO₂の濃度が ppm(は年)で増え続けるとする。 Kとして、各時点の濃度に釣り合う昇温を考える。
(1)がの1次関数になることを示し、100年あたりの増え方を求めよ。
(2)濃度が2倍になるのは何年後か。
解説を見る
(1)対数の性質で指数を前に出すと、次の形になる。
なので、で、の1次関数である。100年あたり2.16 K上がる。
(2)の両辺の対数をとる。
139年後である。濃度が指数関数で増えると、釣り合う昇温は時間に比例して増える。
例題 4大学観測の記録からλを読む
に、1861〜1880年から2006〜2018年までの値 K、 W/m²、 W/m²を入れる。
(1)と、 W/m²としたときのSを求めよ。
(2)記録の期間の暖まり方は、将来より宇宙へ熱を逃がしやすい模様だったとして、論文は真のを、 W/m²/Kとした。このときのSを求めよ。
解説を見る
(1)をについて解くと、次の値になる。
Kである。
(2)で、 Kになる。パターン効果と呼ばれるこの補正が0.5入るだけで、Sは1.7倍になる。λが0に近いほど、同じ補正がSを大きく動かす。論文はに5〜95%の範囲で±0.5の不確かさを見込み、記録の手がかりだけでは高いSを否定できないと結論した。
例題 5大学平均の定まらない分布
をに限った分布とし、とする。
(1) Kとなる確率を求めよ。
(2)Sの中央値を求めよ。また、Sの平均が有限の値にならないことを示せ。
解説を見る
(1)はと同じである。
はにあたる。標準正規分布の値、から、確率は、約17%である。
(2)Sはの増加関数なので、中央値はの中央値を写した値になる。 Kである(に限る補正は0.01 K未満)。一方、平均は次の積分になる。
の近くではなので、この積分はと同じように発散する。右の裾が重すぎて、平均が定まらない。Sを中央値と分位点で語るのは、このためでもある。
例題 6大学正規分布の積
との確率密度の積が、の関数としてに比例することを示し、とを求めよ。また、しくみと記録の2つを掛けたときのSの66%の範囲を、 W/m²で求めよ。
解説を見る
2つの指数の部分を足し、について整理する。
ここではを含まない定数である。次のようにおく。
平方完成すると右辺はになり、積はに比例する。
しくみと記録では、で、、である。66%の範囲は、つまりで、Sは2.60〜4.53 Kになる。論文で過去の気候を外した計算の2.6〜4.6 Kとほぼ同じだ。
40年の幅を1枚に並べる
1979年の幅は確率をつけない目安で、IPCCの太い枠は「66%以上」、シャーウッドらの太い枠は実効気候感度Sの17〜83%の分位点を表す。物差しは少しずつ違うが、2020年に下の端が上がったことは一目で分かる。
手がかりを1本ずつ外す
つまみで手がかりの幅を何倍にするかを変え、「外す手がかり」で1本を除ける。細い線はそれぞれの手がかりだけで決めたSの分布、太い線は掛け合わせた分布で、斜線はその66%の範囲を示す。上の横棒は、論文が同じ組み合わせで出した66%の範囲である。計算はλの空間で3つの正規分布を掛け、 W/m²について積分してSに直す。λが0以上の不安定な気候は数えない。
既定の値では、掛け合わせの66%の範囲は2.5〜3.9 K、中央値は3.1 Kで、論文の2.6〜3.9 K、3.1 Kに近い。過去の気候を外すと上の端が4.6 Kまで伸び、記録を外すと下の端が2.3 Kまで下がる。どちらも論文の表10の値と0.1 K以内で合う。一方、しくみを外したときの上の端は4.3 Kで、論文の4.1 Kより0.2 K高い。過去の気候を正規分布で近似したぶん、高いSの側の裾が重くなる。近似する前の尤度をそのまま掛けると4.0 Kになり、論文の値に近づく。
ただし、論文の計算では2倍の強制力が過去の気候を読む式にも入って手がかりどうしをつなぎ、寒い気候ほど感度が変わる効果も組み込まれている。シミュレーションは、それらをすべて正規分布の幅に押し込んでいる。
地層と分光と炭素の記録
- 地球科学 過去の気候から感度を読むときは、寒かった時代に気温がどれだけ下がったかと、そのとき働いた強制力との比を使う。シャーウッドらはまず、最終氷期最盛期の5 Kの寒冷化と−8.43 W/m²の強制力から、単純な比で約2.4 K()という値を示し、そのうえで寒い気候ほど感度が変わる効果などを加えた。何度寒かったかは、海底の堆積物に残る化学的な指標と気候モデルを組み合わせて推定する。
- 物理学 大気を通る赤外線を波長ごとに追う放射伝達の計算で、強制力と、暖まった地表から逃げる放射の増え方を求める。NISTのデータベースによれば、CO₂の曲げ振動の基本振動数は667 cm⁻¹で、波長にすると15.0 µmになる。この光の振動数 Hzを光のエネルギーの式に入れると、光子1個は約0.083 eVになる。これが曲げ振動の段の間隔にあたり、CO₂は15 µm付近の光子を1個吸うごとに、振動の段を1つ上がる。
- 化学 過去のCO₂濃度を、氷床コアに閉じ込められた空気や、海でできた炭酸塩の化学から読み取る。最終氷期最盛期に約180 ppmまで下がっていたことは氷床コアに記録され、強制力の式もこの値を適用範囲の下端にしている。約5600万年前に急な温暖化が起きたとき、CO₂がどれだけ増えたかは、炭素同位体比の変わり方と、深海の炭酸塩が示す応答から見積もられている。対数の規則を見つけたアレニウスは、反応の速さと温度を結ぶアレニウスの式を作った化学者でもある。
2.6〜3.9 Kのその後
- 2022年 デイビッド・ロンプスら(カリフォルニア大学バークレー校など): CO₂の強制力は濃度の対数にほぼ比例し、2倍ごとに世界平均で約4 W/m²増える。ロンプスらはその理由を詳しく調べ、15 µm帯の中で吸収係数がどう分布しているかが欠かせない要素だと示した。対流圏で高さとともに気温が下がる割合(気温減率)に頼る別の説明は、必要でも十分でもないという。証明の手順4で置いた対数の近似に、CO₂の吸収帯の形から理由を与える研究である。(出典: Romps, Seeley, Edman「Why the Forcing from Carbon Dioxide Scales as the Logarithm of Its Concentration」Journal of Climate 35(2022))
- 2020〜2022年 ジェシカ・ティアニーら(アリゾナ大学など)とアナンら: 最終氷期最盛期の寒さを、海水温の化学的な指標と気候モデルを組み合わせるデータ同化で見積もり直した。ティアニーらは−6.1 °C(95%の範囲で−6.5〜−5.7 °C)とし、平衡気候感度を3.4 °C(2.4〜4.5 °C)と見積もった。アナンらは−4.5 ± 0.9 °Cとし、差の理由を論じている。強制力を−8.43 W/m²のまま、 W/m²として単純な比に入れると、−4.5 °Cで2.1 K、−6.1 °Cで2.9 Kになる。過去の気候の手がかりの位置は、寒さの見積もり1つで動く。(出典: Tierneyほか、Nature 584(2020)・Annanほか、Climate of the Past 18(2022))
- 2022〜2025年 ニコラス・ルイスとシャーウッドら: ルイスは2022年、シャーウッドらと同じモデルの式から出発して計算し直した。事前分布を数学的に決める客観ベイズの方法を使い、入力の値も見直すと、中央値は2.16 °C、17〜83%の範囲は1.75〜2.7 °Cになった。シャーウッドとフォレストは2024年、その後に幅をさらに絞ったとする研究は、モデルの組み立て方に由来する不確かさを落としていると反論し、2020年の分布はおおむね今も有効だとした。2025年にはルイスが再び反論している。争点は、の事前分布と、尤度に入れる数値をどう選ぶかにある。(出典: Lewis Climate Dynamics 60(2023)・Sherwood, Forest Atmospheric Chemistry and Physics 24(2024)・Lewis、同誌25(2025))
- 2024年 渡部雅浩ら(東京大学大気海洋研究所など): 熱帯太平洋の海面水温の東西の差が、放射のフィードバックと温暖化の速さを左右するとして、その原因をめぐる研究を総説にまとめた。近年の観測で東西の差が強まった原因はまだ議論が続いていて、渡部らは、過去は差を強める仕組みが勝っていたが、将来は弱める仕組みが勝つ方向へ移ると見立てる。記録の手がかりを補正するで、がいくつになるかは、この水温の模様が将来どう変わるかに左右される。(出典: Watanabeほか「Possible shift in controls of the tropical Pacific surface warming pattern」Nature 630(2024))
対数の形は、アレニウスの表から130年たっても変わっていない。変わったのは、Sの幅を確率で語れるようになったことだ。3つの手がかりのどれか1つの見積もりが動けば、2.6〜3.9 Kもまた動く。
参考文献
- S. Arrhenius, "On the Influence of Carbonic Acid in the Air upon the Temperature of the Ground", The London, Edinburgh, and Dublin Philosophical Magazine and Journal of Science (5th series) 41 (1896), 237-276. 本文はWikisourceの翻刻で読める。
- S. Manabe, R. T. Wetherald, "Thermal Equilibrium of the Atmosphere with a Given Distribution of Relative Humidity", Journal of the Atmospheric Sciences 24 (1967), 241-259.
- G. Myhre, E. J. Highwood, K. P. Shine, F. Stordal, "New estimates of radiative forcing due to well mixed greenhouse gases", Geophysical Research Letters 25 (1998), 2715-2718. 係数はIPCC第3次評価報告書 第1作業部会 第6章の表6.2による。
- J. M. Gregory et al., "A new method for diagnosing radiative forcing and climate sensitivity", Geophysical Research Letters 31 (2004), L03205.
- S. C. Sherwood et al., "An Assessment of Earth's Climate Sensitivity Using Multiple Lines of Evidence", Reviews of Geophysics 58 (2020), e2019RG000678. White Rose Research Onlineの公開版. 本文の数値の多くは、この論文の表1・表5・表7・表8・表10と6.3節による。
- IPCC, Climate Change 2007: The Physical Science Basis, Summary for Policymakers (2007).
- IPCC, Climate Change 2021: The Physical Science Basis, Summary for Policymakers; P. Forster et al., Chapter 7: The Earth's Energy Budget, Climate Feedbacks and Climate Sensitivityとその補足資料(2021).
- D. M. Romps, J. T. Seeley, J. P. Edman, "Why the Forcing from Carbon Dioxide Scales as the Logarithm of Its Concentration", Journal of Climate 35 (2022), 4027-4047.
- The Royal Swedish Academy of Sciences, The Nobel Prize in Physics 2021: Popular science background (2021).
- NIST, Computational Chemistry Comparison and Benchmark DataBase (Standard Reference Database 101), Release 22 (2022), CO₂の振動数の実験値.