生涯
1931年9月21日、愛媛県の新宮に生まれ、1958年に東京大学で博士号を取った。2021年のノーベル物理学賞の解説によれば、1950年代に戦争で荒れた日本を離れて米国へ渡り、研究を続けた東京の若い研究者たちの一人である。
1960年代には、大気が放射で熱をやりとりする釣り合いに、対流が熱を上へ運ぶ働きと、水蒸気が凝結するときに出す潜熱を組み込んだ気候モデルを作った。ただ、そのままでは計算が重すぎる。そこで地表から高さ40 kmまでの空気の柱1本に絞った。1967年にウェザラルドと出した論文では、相対湿度を決めておいたこの柱で二酸化炭素を2倍にし、地表の気温が2 °Cあまり上がるという結果を得ている。地表に近いほど暖まるが、上空は冷える。太陽の変化なら上空まで暖まるはずなので、この形は、昇温の原因が二酸化炭素だと示す手がかりにもなった。
2021年、「地球の気候の物理的なモデル化、変動の定量化、地球温暖化の確かな予測」により、クラウス・ハッセルマンとともにノーベル物理学賞を受けた。賞の残る半分はジョルジョ・パリージ。受賞のときの所属は米国のプリンストン大学である。