掛谷宗一の肖像(Sōichi Kakeya, circa 1937・出典: Wikimedia Commons・Unknown photographer・Public domain)
Sōichi Kakeya, circa 1937
出典: Wikimedia Commons・Unknown photographer・Public domain

掛谷宗一

Sōichi Kakeya

針を回す広さの問題を出し、統計数理研究所の初代所長を務めた

生没年
1947年没
地域
日本

生涯

1909年に東京帝国大学理科大学を卒業した。統計数理研究所の記念誌によると、第一高等学校の教授、東北帝国大学の助教授、東京高等師範学校と東京文理科大学の教授を歴任し、1935年4月から1946年10月まで東京帝国大学理学部の教授を務めた。1944年9月からは理学部長も兼ねた。

1917年、東北帝国大学の欧文の紀要『Science Reports』に卵形線の最大と最小についての論文を載せ、長さ1の針の向きを反対にするのに要る最小の面積を問うた。いまは「掛谷の針の問題」と呼ばれる。同じ年の『東北数学雑誌』には、多項式とその導関数の零点についての論文も出している。正の係数をもつ代数方程式の根の範囲についての研究は「掛谷の定理」として知られ、連立積分方程式の一連の研究で帝国学士院恩賜賞を受けた。

1944年6月に統計数理研究所ができると初代所長となり、1947年1月に亡くなるまで務めた。学術研究会議の会員を20年あまり務め、1946年には会長になった。

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