生涯
京都大学で修士(1966年)と理学博士(1970年)を得た理論物理学者。博士論文は2次の相転移の理論だった。1976年まで九州大学に勤め、そのあと京都大学で助教授、教授を務めた。退職後は北海道大学の特任教授や、国際高等研究所の副所長などを歴任している。
1974年、共同研究者と、振動する化学反応のモデルから複素ギンツブルグ・ランダウ方程式を導いた。この式を位相だけで書き直す方法から、1975年に振動子の群れの同期を表す蔵本モデル、1976年に時空のカオスを表す蔵本・シバシンスキー方程式、2002年にそろう所とそろわない所が並ぶキメラ状態の最初の例が生まれた、と本人は振り返っている。
蔵本モデルの着想は、ウィンフリーの1967年の論文を生物学の同僚から教わったことに始まる。2005年に朝日賞、2023年にユルゲン・モーザー講演賞、2025年に統計物理学のボルツマン・メダルを受けた。日本からのボルツマン・メダルは、久保亮五、川崎恭治に続いて3人目である。