ルイス・モーデルの肖像(Louis Mordell・出典: Wikimedia Commons・Konrad Jacobs, Erlangen・CC BY-SA 2.0 de)
Louis Mordell
出典: Wikimedia Commons・Konrad Jacobs, Erlangen・CC BY-SA 2.0 de

ルイス・モーデル

Louis Joel Mordell

整数の方程式の研究を広げ、3を3つの立方数で書く解を問うた

生没年
1888–1972
地域
アメリカ・イングランド

生涯

1888年1月28日、アメリカのフィラデルフィアで生まれた。両親はリトアニア生まれのユダヤ系の移民で、父はヘブライ語の学者だった。13歳のころから古本屋で5セントか10セントの数学の本を買って独学し、本に載っていたケンブリッジ大学の試験問題から、ケンブリッジで学ぶことを目標にした。高校の同級生からは「X, Y, Z」とあだ名されたと、数学者のキャッセルズが書いている。

1906年12月、旅費を家庭教師で稼いでイギリスへ渡り、ケンブリッジ大学の奨学生の試験に首席で合格した。父に送った電報は「Hurrah」の1語だったという。研究の出発点は、フェルマーも扱った方程式で、のちにモーデル方程式と呼ばれる。マンチェスターにいた1920〜22年には、楕円曲線の有理点が有限個の点から作れるという有限基底定理を示し、同じ論文で述べた予想は1983年にファルティングスが証明した。

マンチェスター大学の教授を経て、1945年にハーディの後任としてケンブリッジ大学に戻り、1953年に退いた。その年の論文で、の解は4つしか知らないと書き、この問いが計算機による長い探索の出発点になった。270ある論文のほぼ半分は退職のあとに書いた。1972年3月12日、ケンブリッジで没した。

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