ジョン・ネイピアの肖像(John Napier・出典: Wikimedia Commons・作者不明・Public domain)
John Napier
出典: Wikimedia Commons・作者不明・Public domain

ジョン・ネイピア

John Napier

対数を考え出し、掛け算を足し算に変える数表を作った

生没年
1550–1617
地域
エディンバラ(スコットランド)

生涯

1550 年、エディンバラの近くのマーキストン城で、領主の家に生まれた。1563 年、13 歳でセント・アンドルーズ大学に入ったが、学位を取らずに去った。その後は大陸で学んだとみられ、パリで学んだ可能性が高い。1574 年、妻とともにガートネスに新しく建てた城に移った。

熱心なプロテスタントで、1593 年に『ヨハネの黙示録』を読み解く『聖ヨハネの黙示録全体の平明な発見』を出した。この本はオランダ語・フランス語・ドイツ語に訳された。領地では、塩を使って畑を肥やす方法も試した。土地の人々の間には、悪魔と通じているという噂もあった。

1614 年、『驚くべき対数表の記述』で対数を発表した。1615 年と 1616 年には、ロンドンからヘンリー・ブリッグスが訪ねてきた。2 人は、1 の対数を 0 とし、10 を底とする表に作り直すことを話し合った。1617 年、掛け算を助ける計算の棒(ネイピアの骨)を説明した『ラブドロギア』を出し、同じ年の 4 月 4 日にエディンバラで没した。エディンバラ大学に、1616 年の年記がある肖像画が残る。

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