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生涯
1870 年 9 月 30 日、フランス北部のリールで生まれた。1891 年にパリの高等師範学校に入り、のちに同じ学校で助手を務めた。1895 年、陰極線を金属の筒で受け止めて検電器につなぎ、陰極線が負の電気を帯びた粒の流れであることを示した。ソルボンヌでは 30 年にわたって物理化学の講座を受け持った。
1908 年から、樹脂のガンボージで作った細かい粒を水に浮かべ、顕微鏡で調べてアボガドロ数を求めた。粒の大きさや液体を変えても同じ値が出たことが、原子と分子が実在する証拠になった。1913 年には、その成果を本『原子』にまとめた。1923 年に科学アカデミーの会員となり、1926 年、物質のとびとびの構造についての研究でノーベル物理学賞を受けた。
1930 年代には人民戦線の内閣で科学研究を担当する次官となり、国立科学研究センター(CNRS)の設立にかかわった。1937 年に一時の展示として始めた科学の博物館「発見の殿堂」は、翌年から常設になった。1940 年のフランスの敗戦のあと、アメリカへ渡り、1942 年 4 月 17 日にニューヨークで没した。1948 年、遺灰はパリのパンテオンに移された。