ヴィト・ヴォルテラの肖像(Vito Volterra2・出典: Wikimedia Commons・作者不明・Public domain)
Vito Volterra2
出典: Wikimedia Commons・作者不明・Public domain

ヴィト・ヴォルテラ

Vito Volterra

積分方程式を研究し、食う食われるの数の式を立てた

生没年
1860–1940
地域
イタリア

生涯

1860 年 5 月 3 日、教皇領だったアンコーナで生まれた。2 歳のとき父を亡くし、おじのアルフォンソ・アルマジアに支えられて育った。1878 年にピサ大学に入り、翌年ピサ高等師範学校の試験を受けた。1882 年に卒業し、翌 1883 年、23 歳でピサ大学の力学の教授となった。

1893 年にトリノ大学、1900 年にローマ大学の数理物理学の教授となった。積分方程式や汎関数の研究で知られる。第一次世界大戦では、55 歳で志願して工兵の中尉となり、中央航空研究所に配属された。戦後は、食べる魚と食べられる魚の数の式を研究した。1923 年には、イタリア学術会議の初代会長と、リンチェイ学士院の院長に選ばれた。

1931 年、ファシスト政権に忠誠を誓う宣誓を拒み、ローマ大学を去った。1932 年からは主にパリなど国外で暮らし、1934 年にはリンチェイ学士院からも除かれた。1938 年には、ユダヤ人であることを理由にロンバルディア学士院からも除かれた。1940 年 10 月 11 日、ローマの自宅で没した。

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