生涯
1948年1月30日、大阪府吹田市で生まれた。京都大学工学部の石油化学科を卒業し、1972年に大学院の修士課程を終えて、旭化成工業(いまの旭化成)に入った。
1981年、白川英樹が合成に成功した電気を通すプラスチック、ポリアセチレンを、電池の負極に使う研究を始める。合わせる正極が見つからずにいた1982年の暮れ、仕事納めの日にグッドイナフらのコバルト酸リチウムの論文を読み、これを正極に選んだ。ポリアセチレンは密度が小さく電池を小さくできないため炭素材料に切り替え、1985年に、正極にコバルト酸リチウム、負極に炭素を使う二次電池の特許を出願した。
金属のリチウムを使わない電池が本当に安全かを確かめるため、会社の火薬の試験場で電池に鉄の塊を落とす試験も行った。2005年に大阪大学で博士(工学)の学位を得て、2017年から名城大学の教授。2019年にノーベル化学賞を受けた。