ノースウェスタン大、陽電子 1 個の量子サイクロトロンを初めて実現
ノースウェスタン大学のガブリエルス教授らが、陽電子 1 個を磁場の中に数か月とどめ、エネルギーの段を 1 段ずつ読み取った。ディラック方程式の g = 2 からのずれを陽電子でも精密に測って電子と比べるための方法で、値はまだ出ていない。
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磁場の中を回る陽電子 1 個を、いちばん低いエネルギーの状態に落ち着かせ、そこから 1 段ずつ上げ下げして読み取れるようになった。アメリカのノースウェスタン大学のジェラルド・ガブリエルス教授と、博士課程の学生で筆頭著者のトーマス・マイヤーズ氏らが、「陽電子 1 個の量子サイクロトロン」を初めて実現した。論文は 2026 年 10 月 21 日、アメリカ物理学会の論文誌 Physical Review Letters に載り、大学も同じ日に発表した。陽電子は数か月、装置の中にとどまった。
陽電子は電子の反粒子で、質量が同じで電荷が逆である。ガブリエルス教授らは 1999 年に 1 個の電子の量子サイクロトロンを作り、2023 年には電子の磁気モーメントを 1 兆分の 0.13 の精度で測った。陽電子は、閉じた装置の中へ入れること自体が難しかった。陽電子でも同じ精度に届けば、2 つの g 因子を比べて CPT 対称性を確かめられる。今回できたのは測るための装置と手順で、陽電子の g 因子の新しい値はまだ出ていない。
546 keV から 26 μeV まで
陽電子は、密封したナトリウム 22 の線源からベータ崩壊で飛び出し、運動エネルギーは最大 546 keV ある。これを、トラップの温度 300 mK の熱エネルギー 26 μeV まで落とす。10 桁を超える差である。
陽電子はタングステンの単結晶の減速材で遅くなり、表面から電子を 1 個引き寄せて、ゆるく結びついたポジトロニウムになる。中性なので、トラップの電場に妨げられずに電極にあいた直径 625 μm の穴をくぐれる。中の強い電場で電離すると、電子は離れ、陽電子だけが捕まる。
仕組みが簡単で線源(18 μCi)も弱い代わりに、陽電子 1 個を入れるには 8 から 11 時間かかる。磁場 5.6 T は 4.2 K の超伝導ソレノイドが作り、電極と密閉した真空の容器は希釈冷凍機で約 300 mK に冷やす。
速さによらない回転と、等間隔の段
磁場 に垂直に速さ で動く電荷 の粒子は、ローレンツ力 を向心力として円を描く。運動方程式に入れると、回る角振動数が決まる。
速さ と半径 が消え、サイクロトロン振動数 は磁場と比電荷 だけで決まる。陽電子の C/kg と 5.6 T を入れると、 はおよそ 157 GHz になる。論文の約 156 GHz より 0.5% 高いのは、5.6 T が丸めた値だからとみられる。
量子力学では回転のエネルギーがとびとびになり、スピンと合わせた準位は論文の式 (1) で表される。
はサイクロトロン運動の量子数、 はスピンの量子数である。第 1 項は量子ホール効果のランダウ準位と同じ形で、有効質量を陽電子の質量に替えたものである。段は おきに等間隔に並ぶ。振動数 のマイクロ波の光子は、プランクの関係式により のエネルギーを運び、ちょうど 1 段ぶん持ち上げる。
1 段の間隔は約 0.65 meV で、温度に直すと約 7.5 K になる。300 mK で熱によって にいる確率は、ボルツマン因子 で、論文によると 1000 億分の 1 をわずかに上回る程度である。磁石の温度 4.2 K では同じ因子が約 0.17 になり、6 回に 1 回ほどは にいない(当サイトの計算)。希釈冷凍機で冷やすのは、陽電子をいちばん下の段にとどめるためだ。
3.8 Hz のずれで段を数える
陽電子は円を描くほかに、トラップの電場で磁場の向きに約 206 MHz で往復し、段はこの往復で読む。トラップを囲むニッケルの輪が磁場にわずかな勾配をつけ(磁気ボトル)、往復の振動数 を段の番号とスピンに比例してずらす。
206 MHz のうちの 3.8 Hz で、1 億分の 2 ほどの変化である。読み取っても段もスピンも変わらないので、量子非破壊測定(QND)と呼ばれる。
ただし上の段はすぐ落ちる。電極がなければ、 の陽電子はシンクロトロン放射を出し、論文の式 (4) の崩壊率で下へ戻る。
は微細構造定数、 は陽電子の静止エネルギー 511 keV である。5.6 T では寿命 が 83 ms しかなく、弱い信号を平均する時間が足りない。そこで電極を損失の少ないマイクロ波の空洞として作り、自然放出を抑えて、寿命を約 4 秒に延ばした。入口の穴を 625 μm に抑えたのも、この空洞を損なわないためである。実験では 156 GHz のマイクロ波で陽電子を 1 段上げ、光を出して戻るまでを、往復の振動数の段差として記録した。
ディラックの 2 からのずれを比で測る
スピンの段の間隔は、歳差運動の角振動数 で決まる。 と の比が で、磁気モーメントをボーア磁子 で割った値に等しい。
1928 年のディラック方程式からは、ちょうど が出る。そのとおりなら で、スピン下向きで量子数 の段と、上向きで の段が同じ高さに並ぶ。実際の は 2 より 0.1% ほど大きく、2 本のはしごは少しずれる。このずれが異常振動数 で、異常磁気モーメント は 2 つの振動数の比になる。どちらの振動数も磁場に比例するので、比をとると磁場の強さは消える。
1948 年、ジュリアン・シュウィンガーは量子電磁力学の最初の補正を計算した。
2023 年にガブリエルス教授らが電子で測った値は で、14 年続いた前の値より 2.2 倍正確である。 とシュウィンガーの項の差は 0.15% で、 の高い次数の項などを足すと埋まる。
今回は、電極を に近い振動数で揺すり、上向きの と下向きの の間でスピンも反転させた。こうした量子ジャンプの分光で 2 つの振動数を測れば、陽電子の が決まる。
まだ測っていない値
CPT は、粒子と反粒子を入れ替える荷電共役(C)、空間反転(P)、時間反転(T)を同時に施す変換である。同じ学会の解説誌 Physics の記事によると、標準的な仮定を満たす局所的でローレンツ不変な場の量子論は、CPT で変わらない。そのため粒子と反粒子の磁気モーメントは、大きさが等しく符号が逆で、g 因子は等しい。
電子と陽電子のこれまでで最も精密な比較は、1987 年のヴァン・ダイク、シュウィンバーグ、デーメルトの実験で、2 つの g 因子は 1 兆分の 2.1 の範囲で等しかった。量子の段を分けない、古典的なサイクロトロン運動で測った。論文によると、陽電子を電子と同じ精度で測れれば、レプトン(電子の仲間)での CPT の検証は 30 倍以上精密になる。
その記事を書いたスイス連邦工科大学チューリッヒ校のパオロ・クリヴェッリ教授は、今回の成果はまだ陽電子の g 因子の高精度の測定ではなく、細かい分光と系統誤差の管理が要ると指摘する。ガブリエルス教授は大学の発表で「今の理論からすると、2 つの測定に差は出ないはずだ。もし等しくなければ、この 100 年で最大の物理学の発見になる」と話した。標準模型が破れているかを確かめる土台ができた段階である。
出典
- T. G. Myers, L. Soucy, B. A. D. Sukra, B. Sinha, G. Gabrielse「One-Positron Quantum Cyclotron」Physical Review Letters 137, 173001(2026年10月21日・オープンアクセス)
- 同じ論文の公開版 arXiv:2605.08147(第 3 版・2026年8月21日)
- ノースウェスタン大学 Northwestern Now「Scientists trap and tame a single particle of antimatter for months」(2026年10月21日)
- アメリカ物理学会 Physics の解説(Viewpoint)P. Crivelli(スイス連邦工科大学チューリッヒ校)「A Quantum Cyclotron for Antimatter」(2026年10月21日)
- X. Fan, T. G. Myers, B. A. D. Sukra, G. Gabrielse「Measurement of the Electron Magnetic Moment」Physical Review Letters 130, 071801(2023年2月13日・電子の g 因子)