揺れる光の鏡で原子の波が集まる ブラックホールの地平線に似た一方通行も
UCサンタバーバラのチームが原子の波を光の鏡で挟み、片方を揺らして波を1つのかたまりに集めた。光より23億倍遅い波なら共振は約95 Hzで届く。1周ごとの写真で見た流れが地平線に似るだけで、本物のブラックホールではない。
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秒速13 cmほどで動く原子の波を、鏡の役をする2枚の光の壁で挟み、片方を1秒に95回ほど揺らす。すると、間いっぱいに広がっていた波が、数周のうちに1つのかたまりへ集まった。
カリフォルニア大学サンタバーバラ校のデイビッド・ウェルド(David Weld)氏らが、2026年11月4日付のPhysical Review Lettersに報告した実験である。揺れる鏡に挟まれた光について理論が予言していた動きを、光の代わりに原子の波で見せた。揺れが1周するごとに写真を撮ると、波の流れにはブラックホールの事象の地平線に似た一方通行の境目が現れる。
似ているのは流れの形だ。重力はどこにもなく、本物のブラックホールを作ったわけでも、ブラックホールが光を出すというホーキング放射のような現象を観測したわけでもない。
光共振器では鏡が追いつかない
向かい合う2枚の鏡の間に波を閉じ込めた装置を共振器と呼ぶ。鏡の間隔を、波の速さをとすると、波が1往復する時間と、その逆数である共振周波数は次の式で決まる。
片方の鏡をこので揺らすと、ブランコを押す間合いが合うように、往復のたびに同じ効果が積み重なる。いわゆる共振だ。理論によると、鏡を十分に強く揺らせば、中の光はどこから始めても短く強いかたまり(パルス)に集まる。
ところが、光でこれを確かめるのは難しい。間隔15 cmの共振器を例に計算すると、秒で、1往復がわずか1ナノ秒である。論文は、光の損失を上回るだけでも鏡の速さがを超える必要があるとする。は光速、は共振器が光をどれだけ長くためておけるかを表す数だ。
極めて良いでも m/sで、これを1ナノ秒で加速すれば、加速度は m/s²になる。重力加速度の約600万倍で、論文の見積もりも100万倍の桁だ。光を極端に短いパルスまで絞るには、鏡を光速に近い速さで動かす必要がある、とアメリカ物理学会の解説誌Physicsは説明する。重さのある鏡には無理な注文だ。
秒速13 cmの「光」を作る
そこでチームは光と物質の役を入れ替えた。鏡を光で作り、光の代わりに原子を走らせる。
原子はリチウム7で、約20万個を冷やしてボース・アインシュタイン凝縮にした。多数の原子が1つの波としてふるまう状態である。ただ、そのままでは光の代わりにならない。光の速さは運動量によらず一定なのに、ふつうの原子は運動量(質量×速さ)が増すほど速くなるからだ。
この違いは、レーザー光で作る周期532 nmのしま模様(光格子)で埋めた。光格子に入れた原子では、エネルギーと準運動量(格子の中で運動量にあたる量)の関係が、バンド(帯)と呼ばれる曲線に分かれる。グラフの傾きが波の速さで、下から3番目の帯には曲線がほぼ直線になる区間がある。傾きが一定なら速さも一定、つまり光に近い。
速さは実測から計算できる。間隔は µm、共振周波数は測定で Hzだった。の両辺にを掛けて、数を入れる。
論文は「1 m/s未満」とだけ書くが、この計算では秒速13 cmほどになる。1光の23億分の1である。共振周波数も同じ割合で下がるから、鏡は1秒に95回揺らせばよい。
では、この波の波長はどれくらいなのか。粒子を波とみたときの波長をド・ブロイ波長といい、リチウム7の質量 kgとを式に入れれば求まる。はプランク定数である。
約440 nmで、目に見える光の波長に近い。2
鏡のほうは、波長532 nmのレーザーで作った薄い光の壁である。原子を押し返すだけで重さがなく、光の向きを変えれば位置を動かせる。
揺らす幅を間隔との比で書くと、最初の実験はで、振幅は µmになる。揺らした周波数は共振に近い95.5 Hzだった。単振動は半径が振幅の円を1秒に周する動きの影と同じなので、最高の速さは円周振幅にを掛けた値になる。
の約4.6%で、論文の「有効な光速の1%超」という表現に収まる。最大の加速度は振幅にを掛けて約3.6 m/s²で、重力加速度の3分の1ほどしかない。同じ4.6%を本物の光で出すなら、鏡は秒速14,000 kmで動かなければならない。
1周ごとの写真に2つの点が現れる
仕組みは、揺れが1周するごとに写真を撮ると読める。を枚目の写真での波の位置(進む向きに測る)、を波が当たったときの鏡のずれ(外へずれていれば正)とする。鏡が外にずれていれば往復の道のりはだけ延び、波はその分だけ遅れる。
波が当たる瞬間に鏡がちょうど中央を通ればで、波は次の写真でも同じ位置にいる。これが固定点である。鏡が中央を通るのは1周に2回あるから、固定点も2つできる。
違いを生むのは鏡の向きだ。鏡が内へ動きながら中央を通る固定点では、波が少し早く着くと鏡はまだ外にいて、次の周の波は遅れる。少し遅く着けば鏡はもう内にいて、次の周の波は早まる。
どちらにずれても元へ戻るので、安定な固定点と呼ぶ。鏡が外へ動く固定点では逆にずれが広がり、不安定な固定点になる。実験で現れたかたまりの軌道も、鏡が中央を内向きに通るときに当たっていた。
元へ戻る強さも計算できる。固定点よりだけ前にいる波は、だけ早く鏡に着く。中央付近の鏡の速さは最高のだから、鏡のずれはその時間で動く距離になる。
1行目は「速さ×時間」である。2行目はの式を固定点からのずれで書き直し、3行目は1行目を代入してでくくった。を入れると、ずれは1周ごとに約0.91倍、不安定なほうでは逆に約1.09倍になる。3
式に残るのは速さの比だけである。
だから波を遅くすれば、鏡も同じだけ遅くてよい。0.91という値は、近づく鏡で跳ね返る波が縮む割合とも重なる。ドップラー効果で計算するとで、波が縮むぶんだけエネルギーが集まる。
一方通行の区間が地平線に似る
共振器内の実際の位置で見直すと、この流れはさらに奇妙な形になる。波には右へ進むものと左へ進むものがある。2つの固定点の間では、どちらの波も写真ごとに同じ向きへ流れるのに、その外では2つの波で向きが分かれる。
片方の境目は、入れるが戻れない。事象の地平線も、外から入れるのに中からは光さえ出られない境目だから、よく似ている。もう片方の境目は、出られるが入れない。こちらはブラックホールを時間で逆回しにした理論上の天体、ホワイトホールの地平線に重なる。
そこで論文は、不安定な固定点をブラックホールに、波が集まる安定な固定点をホワイトホールに対応させる。4元になったのは、共著者のアイバー・マーティン(Ivar Martin)氏が2019年に発表した理論だ。
もっとも、似ているのはここまでだ。流れているのは写真ごとの位置で、波そのものはで動き続ける。本物の地平線は質量が作り、面積が減らないという面積定理のような法則に従うが、この共振器に重力は働いていない。論文の補足資料も、この揺らし方の式は一般相対性理論の代表的なモデルのどれとも一致しないと断っている。
理想の光からのずれも見えた
実験は理論どおりの点ばかりではなかった。一部の条件では理論にない薄い軌道が加わり、安定な固定点の近くでは波がにじんで消えた。チームはどちらも、帯が完全な直線ではないことで説明する。
鏡で跳ね返るたびに準運動量が変わり、波の速さも変わるからだ。近づく鏡に何度も当たった波は帯の端まで押し上げられ、この帯から抜けてしまう。数値計算は、多くの初期位置で観測された動きを再現した。
先の0.91倍も、速さが一定という理想の式の値で、実験の集まり方をそのまま表す数ではない。
重さのない鏡は、別の揺らし方も許す。周波数を2倍の191 Hz、振幅を半分のにすると、最高の速さを保ったまま、鏡が中央を内向きに通る回数が波の1往復に2回になる。観測されたかたまりの軌道も2本になった。
もう1つの実験では、で4周揺らしたところで、揺れを半周期ぶん急にずらした。同じ時刻の鏡の向きが逆になるので、安定と不安定が入れ替わる。不安定な点の近くから出発した波は、安定な点へ向かったあと、来た道を戻っていった。論文はこれを、写真ごとに見た時間反転と呼ぶ。
信号の圧縮と、その先の量子の実験
応用の見通しは、まず光信号にある。ウェルド氏は解説誌Physicsで、同じ動きを固体の材料で実現できれば、光信号を圧縮したり伸ばしたりする新しい方式につながると語る。ストーニーブルック大学のドミニク・シュネーブル(Dominik Schneble)氏も、有効な光速に近い鏡の動きから興味深い物理を探れる装置だと評価する。
ただし、ブラックホールとのつながりを深めるには、次の段階が要る。共振器をいちばんエネルギーの低い状態から始められれば、揺らすだけで真空から粒子の対が生まれる動的カシミール効果を狙える、と論文は書く。ブラックホールに落ちた情報の研究につながる可能性も挙げるが、どれも今回の結果ではない。
光共振器なら重力加速度の100万倍の桁が要る揺れが、波を遅くしたこの実験では3分の1ほどで足りた。地平線に似た一方通行を見るのに要ったのは、鏡を速く動かすことではなく、波を遅くすることだった。
注
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論文は95.1 HzをΩの記号で示すが、図の周期が約10.5 msなので1秒あたりの回数として扱った。論文の条件(格子の深さ、準運動量)で当サイトが帯を計算すると、傾きから m/sとなり、の値より約6%小さい。光の壁には幅( µm)があり、原子が壁の中心より手前で折り返すためとみられる。 ↩
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格子の中の原子は、速さと運動量の関係がふつうの粒子と違う。はふつうの粒子に見立てた概算で、論文が示す運動量からで計算すると388 nmになる。どちらも400 nm前後で、桁は変わらない。 ↩
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論文の理論式(が小さいとき)でも、固定点の近くのずれは1周ごとに倍と倍になる。なので、は上の式と同じ大きさである。 ↩
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解説誌Physicsの記事は、安定な固定点へ向かう一方通行を、ブラックホールへ向かう光にたとえている。論文と補足資料の対応はこれと違い、不安定な固定点がブラックホール、安定な固定点がホワイトホールにあたる。図と本文は論文に合わせた。 ↩
出典
- アメリカ物理学会 Physics「Atomic Wave Simulates Black Hole Properties」Physics 19, 149(2026年11月4日)
- J. L. Tanlimco ほか「Matter-Wave Fabry-Pérot Cavity in the Ultrastrong Driving Regime」Physical Review Letters 137, 193404(2026年11月4日)
- 同じ研究の公開版 arXiv:2601.21122(第1版・2026年1月28日)
- I. Martin「Floquet dynamics of classical and quantum cavity fields」Annals of Physics 405, 101-129(2019年)
この記事は、人が監修しながらAIを活用して執筆した。執筆・監修: 佐々木 航(株式会社Game)。