生涯
アメリカの数学者で、計算生物学の草分けの一人。1982年に南カリフォルニア大学に移り、数学科の中に分子生物学を計算で扱う研究グループをつくった。そこから計算生物学とバイオインフォマティクスの博士課程が生まれ、大学はこれを世界で最初の課程と紹介している。
1980年代の初めには、同僚のテンプル・スミスと、タンパク質やDNAの配列の似た部分を探すスミス・ウォーターマン法を発表した。1988年には、ホワイトヘッド生物医学研究所のエリック・ランダーと、でたらめに選んだクローンで地図をつくるときの島の数を式で示した。南カリフォルニア大学は、この2つをヒトゲノム計画を支えた方法として挙げている。
本人は2022年の取材で、この分野で最初に書いた論文は雑誌に突き返され、理由の一つは「生物学者も数学者も満足させない」ことだったと振り返った。同じ年に80歳を迎え、大学は計算生物学のシンポジウムでその業績をたたえると伝えた。名誉教授となったあとも、学科の会議によく顔を出しているという。式と計算の筋はランダー・ウォーターマンの式でたどれる。