ブラックホールの揺れが分かれて消える理由、東大と都立大が極と零点で説明

回転するブラックホールの揺れが、特別な周波数の近くで2本に分かれたり消えたりして見える理由を、東大と都立大の研究者が理論と数値計算で示した。分かれるのは別のモードとの擬交差、消えるのはホーキング温度などで決まる零点が極を打ち消すためだった。

オイラーの公式ブラックホールの面積定理重力波のチャープ質量アインシュタイン方程式ボルツマンのエントロピー

ニュース

回転するブラックホールの揺れを計算すると、なぜ1つのモードが2本に分かれたり、消えたりして見えるのか。約40年前から知られていたこの謎に、東京大学宇宙線研究所の窪田圭一郎特任研究員と東京都立大学の本橋隼人准教授が、理論解析と数値計算で答えを出した。2本に見えるのは、隠れていた別のモードが近づき、交差せずに離れていく「擬交差」のため。消えて見えるのは、応答が非常に大きくなる周波数と、応答がゼロになる周波数がちょうど重なって打ち消し合うためだった。

論文は10月28日付でPhysical Review Dに載り、東京大学と東京都立大学、京都大学基礎物理学研究所が29日に発表した。

鐘の音から重さと回転を知る

2つのブラックホールが合体すると、できたブラックホールは揺れながら落ち着いていく。発表の言葉では、このとき「鐘をたたいた後のように」重力波を出す。この部分をリングダウンと呼ぶ。

1つの振動は、複素数の周波数で書ける。オイラーの公式で分けると

となり、実部は振動数で揺れながら、時間ごとに倍に弱まる。リングダウンの波形は、こうした減衰振動の和で表される。1つ1つの振動を準固有振動と呼ぶ。

準固有振動の周波数は、ブラックホールの質量と回転だけで決まる。だから重力波から周波数を読み取れば質量と回転が分かり、一般相対性理論の検証にもなる。これがブラックホール分光学だ。合体する前の波形からはチャープ質量が分かる。合体した後の揺れから求めた事象の地平面の面積は、面積定理の検証にも使われる。

回っていないブラックホールでいちばん長く残る揺れは、四重極()の基本の振動である。論文と同じの単位ではになる。当サイトがリーバーの連分数の方法で計算した値である。1太陽の60倍の質量なら、振動数は約201 Hzで、振幅は約3.3ミリ秒ごとに倍に減る。質量が2倍なら周波数は半分になる。

2本に見えたのは、隠れていたもう1本

ところが、回転するブラックホール(カー・ブラックホール)では奇妙なモードが出てくる。

よく知られた例は、四重極での8番目の倍音である。倍音は基本の振動より速く減る振動で、番号が大きいほど速く消える。

2人は論文で、エドワード・リーバーがカー・ブラックホールの準固有振動を求めた1985年の計算に、すでにこの異常の跡があったと指摘している。その後の精密な計算では、回転を表すが正のとき枝が2本あり、どちらもに近づく途中で途切れて見える。が負のときは1本しかない。

舞台は「代数的に特別な周波数」のすぐ近くである。重力による揺れを表す方程式で、解が特別な数学的性質をもつ周波数をいう。回っていないブラックホールの四重極ではで、虚部しかない。振動せずに減るだけで、減り方は先ほどの基本の振動と比べて約22倍速い。

2人はふつう調べる面だけでなく、複素周波数の別のリーマン面まで、モードの動きを追った。リーマン面は、値が1つに決まらない複素関数を、何枚もの面をつないだ1つの形として扱う考え方である。別の面まで見ると、2本目の枝は、そこにいたモードがふつう調べる面へ出てきたものだと分かる。面をまたいだ全体像までは先行研究で分かっていたが、軌跡がこの形になる理由は説明されていなかった。

答えは擬交差である。2本は回転のあたりで近づき、交差せずに双曲線を描いて離れる。

このとき、モードの励起されやすさを表す励起因子が大きく増え、複素平面で8の字の曲線(レムニスケート)を描いた。この増え方を共鳴励起と呼ぶ。双曲線とレムニスケートは、本橋准教授が2025年4月の論文で示した擬交差のしるしである。その論文では、1997年に見つかった別の「不協和音」のモードを、擬交差と共鳴励起で説明した。

消えたのは、極と零点の打ち消し合い

では、回転をゼロに近づけるとモードが消えるのはなぜか。

2人はモードを表す「極」だけでなく、「零点」も追った。ブラックホールを外から揺さぶったときの応答を、周波数ごとに表す関数をグリーン関数という。極は応答が非常に大きくなる周波数で、準固有振動にあたる。零点はその逆で、応答がゼロになる周波数だ。2人が調べた量2は、代数的に特別な周波数の近くで

の形をしている。分母が0になるが極、分子が0になるが零点である。

簡単な分数で試す。は、が2に近づくと絶対値がいくらでも大きくなり、で0になる。分子の2.01を2に寄せていくと、極と零点が近づく。ぴったり2にすると分子と分母が約分でき、分数はただの1になる。

極が、零点に消される。

ブラックホールでは、回転がゼロになったところでとが重なる。これがポールスキッピングで、モードが消えたように見えた理由である。2人はとでも、ポールスキッピングと擬交差、共鳴励起がそろって起きることを数値計算で確認した。

1ナノケルビンの温度で決まる周波数

零点の位置は松原周波数で決まる。有限の温度の量子系に現れる、とびとびの周波数である。ブラックホールも量子論で考えると温度をもつので、このホーキング温度を使って松原周波数を考えられる。論文の式は

で、は揺れが回転軸のまわりに何回くり返すかを表す整数、は地平面が回る角速度である。回っていなければ、()なのでとなり、がちょうどに重なる。

意外なのは、この温度の低さだ。

ホーキング温度はで、太陽の60倍のブラックホールなら約1ナノケルビンしかない。この式は、ボルツマンのエントロピーで取り上げた地平面のエントロピーからも出る。面積とを入れて、を計算すればよい。

一方、周波数に直したではが消えてになる。この質量で計算すると約846 s⁻¹だ。基本の振動で振幅が減る速さは約301 s⁻¹なので、同じ桁に収まる。温度は量子論の量でも、周波数の目盛りは重力だけで決まる。量子論を使わない揺れの計算に松原周波数が出てくるのは、このためだろう。2人は準固有振動のスペクトルに地平面の熱的な性質の跡が残っているとみる。

今回の結果は観測で確かめたものではない。アインシュタイン方程式の解であるカー解に小さな揺れを加えた方程式を、理論と数値計算で調べた研究である。異常が起きるのは回転がほぼゼロのところで、しかもすぐに減る8番目の倍音である。観測への使い道は、論文も発表も具体的には書いていない。2人は論文に「ブラックホール分光学は、準固有振動の極の軌跡だけでは理解できない」と書き、リーマン面をまたいで極と零点を追うことを、スペクトルを点検する手がかりに挙げた。

極と零点が動く様子の動画とコードも、論文とともに公開されている。

注

  1. は角周波数にを掛けた数で、単位をもたない。太陽の質量は µsとした。記事の201 Hz、3.3ミリ秒、約22倍、約1ナノケルビン、約846 s⁻¹、約301 s⁻¹は、どれも当サイトの計算である。 ↩

  2. 正確には、グリーン関数を組み立てる部品の1つで、入ってくる波の振幅の逆数である。論文の補足によると、極が隠れるのはこの部品に限った話で、グリーン関数全体から特異な寄与が消えるわけではない。 ↩

出典

  1. 東京大学宇宙線研究所・東京都立大学・京都大学基礎物理学研究所「ブラックホールの振動が増えたり消えたりする謎を解明」(プレスリリース・2026年10月29日)
  2. K. Kubota, H. Motohashi「Pole skipping, avoided crossing, and resonant excitation in Kerr quasinormal modes near algebraically special frequencies」Physical Review D 114, L081502(2026年10月28日)
  3. 同じ論文の公開版 arXiv:2605.17840(第2版・2026年5月20日)
  4. H. Motohashi「Resonant Excitation of Quasinormal Modes of Black Holes」Physical Review Letters 134, 141401(2025年4月・公開版 arXiv:2407.15191)
  5. 東京都立大学「約30年間の謎をついに解明! ブラックホール重力波に潜む共鳴現象を発見」(2025年4月11日)
  6. E. W. Leaver「An analytic representation for the quasi-normal modes of Kerr black holes」Proceedings of the Royal Society of London A 402, 285-298(1985年12月)

姉妹サイト

株式会社Game が運営するメディアです。