重力波のチャープ質量

Chirp mass of gravitational waves

ハノーファーに届いたメールの図に、チャープの形が見えた。

合体へ向かう連星の重力波では、振動数の上がる速さが、そのときの振動数と 2 つの質量のこの組み合わせだけで決まる。音の高さの上がり方から重さが読める。

年代
1963年(計算)・2015年(初の観測)
人物
フィリップ・ピーターズ、ジョン・マシューズ、ラッセル・ハルス、ジョゼフ・テイラー、マルコ・ドラゴ、レイナー・ワイス、キップ・ソーン、バリー・バリッシュ
逸話

ハノーファーのメール

2015 年 9 月 14 日の昼前、ドイツのハノーファーにあるマックス・プランク重力物理学研究所で、博士研究員のマルコ・ドラゴのもとに 1 通のメールが届いた。重力波の候補を自動で探すプログラムからの知らせである。ふだんは 1 日に 1 通ほど来て、探す仕組みが動いているかを確かめるのに使っていた。この日の候補は、信号と雑音の比がいつもの 2 倍を超えていた。最初の図には、合体する 2 つの天体に特有の「チャープ」の形がはっきり見えた。

ドラゴがまず疑ったのは、装置を試すためにわざと混ぜる人工の信号だった。発見を告げる代わりに、LIGO で検出器の状態を調べる班のまとめ役の 1 人、アンドルー・ルンドグレンの部屋へ行き、信号の注入があったかを尋ねた。注入の形跡は見つからなかった。2 人はアメリカの観測所の制御室に電話をかけたが、向こうはまだ夜明け前で、応えたのはリビングストンだけだった。変わったことは何も無かった。必要な確かめには、およそ 1 時間かかった。そのあとドラゴは LIGO の共同研究者にメールで知らせ、偽の信号を生む原因に心当たりはないかと尋ねた。

信号は、アメリカの LIGO の 2 台の検出器がとらえていた。協定世界時 9 時 50 分 45 秒、まずルイジアナ州リビングストンに届き、6.9 ミリ秒後にワシントン州ハンフォードに届いた。2 か所の間は、光でも 10 ミリ秒かかる。波は 0.2 秒の間におよそ 8 回揺れながら、振動数を 35 Hz から 150 Hz まで上げ、そこで振幅がいちばん大きくなった。人の耳に聞こえる高さで、音に直すと、鳥の短いさえずり(チャープ)のように上がっていく。

2016 年 2 月 11 日の論文は、詳しい解析に入る前に、まずデータの図から振動数 とその上がる速さ を読み、2 つの質量の組み合わせであるチャープ質量が太陽の約 30 倍だと見積もった。それほど重い 2 つの天体が、150 Hz の波を出すところまで近づけるのは、知られている天体ではブラックホールしかない。同じ日、アメリカのワシントンとイタリアのカッシーナで発表があった。1980 年代に LIGO を提案した 1 人、レイナー・ワイスは、アインシュタインに伝えてその顔を見られたらすばらしかった、と語った。2017 年 10 月 3 日、ワイスに半分、バリー・バリッシュとキップ・ソーンに残りの半分のノーベル物理学賞が贈られると発表された。理由は「LIGO の検出器と重力波の観測への決定的な貢献」である。

起源

縮んでいく軌道

1916 年、アルベルト・アインシュタインは、一般相対性理論の式(アインシュタイン方程式)に、光の速さで進む波の解があることを示した。1918 年の論文では、源の質量の四重極モーメントが時間とともに変わると重力波が出ることを、式で表した(四重極の公式)。ただ、それが本当にある波なのかは、1957 年にアメリカのチャペルヒルで開かれた会議のころまで議論が続いた。

1963 年、カリフォルニア工科大学の大学院生フィリップ・ピーターズと、指導教員のジョン・マシューズは、互いの重力で楕円の軌道を回る 2 つの点の質量が出す重力波を計算した。速さが光よりずっと小さければ、どんな離心率の軌道でも、出ていく重力波の強さと向きの分布を式で書ける。翌 1964 年、ピーターズは、重力波がエネルギーと角運動量を持ち去るために、軌道の長半径と離心率がどれだけの速さで縮むかを求めた。円の軌道で、2 つの間の距離が のときから合体するまでの時間は

である。地球と太陽では、およそ 年になる。宇宙の年齢の 7 兆倍を超える。

この計算を、距離ではなく振動数で書き直すと、2 つの質量は 1 つの組み合わせでしか現れない(証明の手順 10)。2017 年に中性子星の合体を報告した LIGO と Virgo の論文は、チャープ質量の出典として、ピーターズとマシューズの 1963 年の論文を挙げている。

1974 年、マサチューセッツ大学アマースト校のジョゼフ・テイラーと、その指導を受ける大学院生のラッセル・ハルスは、プエルトリコのアレシボにある直径 300 m の電波望遠鏡でパルサーを探し、0.059 秒ごとに電波を送ってくる PSR B1913+16 を見つけた。パルスの間隔は、8 時間足らずの周期で伸び縮みした(ドップラー効果)。相手の星と回り合っている印である。1978 年の終わり、テイラーらは、公転の周期が少しずつ短くなっていて、その縮み方が、重力波がエネルギーを運び去る分と合うことを報告した。2 人は 1993 年にノーベル物理学賞を受けた。2016 年の解析では、周期は 1 年に約 76 マイクロ秒ずつ縮んでいて、一般相対性理論の予言の 0.9983 ± 0.0016 倍である。

名前の起こりは、はっきりしない。科学史家のダニエル・ケネフィックらは 2024 年の学会の発表で、「チャープ質量」という名前の知られているいちばん古い例として、1987 年夏にオーストリアのアルプバッハで開かれた夏の学校の論文集(欧州宇宙機関、1988 年)にある、ペーター・カフカの論文を挙げた。それより前のロバート・フォワードとデイヴィッド・バーマン、バーナード・シュッツの論文にもこの組み合わせは出てくるが、名前は無いとされる。1993 年には、カート・カトラーやキップ・ソーンら 11 人の論文「最後の 3 分」が、 を「チャープ質量」と呼び、ふつうは 0.1 % ほどの精度で測れると見積もった。ケネフィックはこの論文の著者の 1 人でもある。ケネフィックらによれば、著者たちも、自分が名づけたのではないと言っている。

証明

回る速さが上がる速さ

ニュートンの重力で円の軌道を回る 2 つの点の質量が、四重極の公式のぶんだけエネルギーを失うとして、振動数の上がる速さを導く。軌道は、1 周の間にはほとんど変わらないほどゆっくり縮むとする。

  1. 質量を ・、合計を 、換算質量を とする。2 つの間の距離を 、回る角速度を とすると、ケプラーの第三法則から

  2. 軌道のエネルギーは、運動エネルギーと万有引力の位置エネルギーの和である。

  3. 一方から見たもう一方の位置を とする。重心のまわりの質量の 2 次のモーメント は、倍角の公式で書き直すと

  4. どの成分も で振動する。半周すると、質量の並び方が同じ形に戻るからである。重力波の振動数は公転の振動数の 2 倍になる。

  5. 四重極の公式では、出ていく重力波の仕事率は、 から跡を除いた の 3 回の時間微分で決まる。 は時間で変わらないので、3 回微分すると と は同じになる。

  6. 3 の式を 3 回微分する。

  7. 2 乗して 4 つの成分を足すと、 により時刻によらない値になる。 1 の式で を消すと で、ピーターズとマシューズの式で離心率を 0 にしたものと同じになる。

  8. 1 から である。これを入れて、 と を だけで書く。

  9. 重力波が運び去る分だけ、軌道のエネルギーは減る()。8 の を時間で微分すると が減ると は増える。軌道は縮み、回る速さは上がる。

  10. 9 と を等しいと置いて を出すと、質量は の形でしか残らない。

  11. 4 の を入れる()。

  12. について解くと、記事の顔の式になる。

  13. なので、11 は が一定の速さで減ることを表す。振動数が限りなく大きくなる時刻を とすると

係数の は、7 の に 3 を掛けたものである。この 3 は、8 の の係数 と、 を微分して出る の積 の逆数である。その 32 は、2 倍の振動数で 3 回微分したことによる に、3 の式の と、4 つの成分を足して出る 2 を掛けた数である。 は時間の次元を持ち、太陽の質量なら 秒になる。 とも書け、2 つの質量が等しいと である。

この式が使えるのは、速さが光よりずっと小さい間である。速くなると、 の冪の補正が加わる(ポスト・ニュートン近似)。「最後の 3 分」の式では、1 つ上の補正の係数が で、質量の比が入る。スピンの効果はさらに上の項から入る。主な項だけで決まる がいちばん精密に測れ、補正の項から質量の比やスピンが読める。GW150914 では、検出器の感度のよい帯域で は 0.2 から 0.5 だった。離心率は重力波で小さくなっていくので(ピーターズ 1964)、合体の近くの連星は円の軌道とみなせる。遠くの源では、宇宙の膨張で振動数が 分の 1 に下がって届く。式の中の質量は の形でしか現れないので、検出器で測る は、源での値の 倍になる。

応用

0.2 秒から重さを出す

GW150914 のチャープ質量。 論文の文章にある数を使う。0.2 秒の間に、振動数は 35 Hz から 150 Hz に上がった。手順 13 から、 は一直線に減る。秒と Hz を単位にすると

なので、 は 1 秒あたり ずつ減る。(減る速さ)だから、100 Hz のときの上がる速さは

で、1 ミリ秒に 3 Hz ずつ高くなる。これを手順 12 に入れる。

秒で割ると、 は太陽の約 27 倍になる。論文の「約 30 倍」に近い。全体の解析では、検出器で測ったチャープ質量は太陽の 30.4 倍である。30.4 倍なら、35 Hz から 150 Hz までは 0.16 秒で、揺れは 8.5 回になる。論文の「0.2 秒」「約 8 回」は丸めた数である。 はかかった時間の 乗に比例するので、0.2 秒を 0.17 秒にすれば 30 倍になる。源での値は、赤方偏移 の分を除いた 28.0 倍である。

ブラックホールしかない。 は、2 つの質量が等しいときに最大の になる。 なので

で、 なら合計は太陽の 69 倍以上になる。150 Hz の波を出すとき、公転は 75 Hz である。合計が太陽の 70 倍なら、手順 1 から 2 つの間は km で、2 つのシュワルツシルト半径の和の 207 km に迫る。中性子星はこれほど重くなれない。論文は、これだけ重く、ここまで近づける天体は、知られている中ではブラックホールしかないと結論した。

中性子星の 100 秒。 2017 年 8 月 17 日の GW170817 では、検出器で測ったチャープ質量が太陽の 倍と、1 万分の数の精度で決まった。「最後の 3 分」が見積もった 0.1 % より細かい。源での値は 1.188 倍である。手順 13 から、24 Hz から合体までの時間は

で、論文の「24 Hz から約 100 秒」と合う。論文は、およそ 3000 回の揺れの位相から を決めた。ハルスとテイラーの連星の 2 つの中性子星(太陽の 1.438 倍と 1.390 倍)では、チャープ質量は 1.231 倍で、GW170817 に近い。いまの軌道(周期 7.75 時間・離心率 0.617)から、ピーターズの 1964 年の式を積分すると、合体まで約 3 億年かかる。

図示

チャープ質量が太陽の 30 倍の連星の重力波を、証明の式で計算して描いた。0.17 秒で振動数は 35 Hz から 150 Hz に上がって振幅も大きくなり、下の曲線の傾きが、振動数の上がる速さ df/dt である。
縦に f の −8/3 乗をとると、どの連星の振動数も、合体の時刻 t_c に向かって一直線に下がる。線の傾きはチャープ質量の 5/3 乗に比例し、重い連星ほど急になる。
2 つの星が重心のまわりを回るとき、質量の並び方(斜線の楕円)は半周で同じ形に戻る。そのため重力波の振動数は、公転の振動数の 2 倍になる(証明の手順 4)。
シミュレーション

合体までの波

2 つの星の質量 ・ を変えると、合体までの重力波の形と、音の高さ の上がり方が変わる。「この組を破線で残す」を押してから質量を動かすと、2 つの組を比べられる。「ℳ はそのまま、質量の比を変える」では、主な項だけで計算しているので の曲線は破線にぴったり重なり、合計の質量で決まる線の終わりだけが動く。線は、近似の目安の終わりとして 2 つの間が になるところ(GW150914 の組では 68 Hz)で止めてあり、実際の波はその先の合体の近くで 150 Hz ほどまで上がった。

広がる学問

  • 物理学 合体の直前は、ポスト・ニュートン近似でも足りず、アインシュタイン方程式を計算機で解く数値相対論の波形と比べる。合体のあとの揺れの振動数と減り方からは、できたブラックホールの質量とスピンが読める。GW150914 は、強い重力の中で一般相対性理論を試す最初の観測になった。
  • 天文学 振幅も、向きを除けばチャープ質量と振動数と距離で決まるので、重力波から源までの距離が直接分かる。1986 年にバーナード・シュッツが示したこの方法で、2017 年には GW170817 の距離と、光で見つかった母銀河 NGC 4993 の遠ざかる速さから、ハッブル定数が km/s/Mpc と求められた(ハッブル・ルメートルの法則)。
  • 工学 LIGO は腕の長さ 4 km の L 字の干渉計で、陽子の直径の 1 万分の 1 にあたる m の長さの変化を測れる。日本では、岐阜県飛騨市の神岡鉱山の地下約 200 m に置かれた腕の長さ 3 km の KAGRA が、2020 年 2 月に本格的な観測を始めた。LIGO・Virgo とは、観測で協力する覚書を結んでいる。
  • 数学 データに埋もれた弱い信号は、チャープ質量などを少しずつ変えた波形の型を数多く用意し、雑音の強さで重みをつけた内積をデータととって探す(整合フィルター)。数千回揺れる波では、型との位相が 1 回ずれるだけで内積は大きく下がる。「最後の 3 分」は、これがチャープ質量を精密に決められる理由だと説明した。

参考文献

  1. P. C. Peters, J. Mathews, "Gravitational Radiation from Point Masses in a Keplerian Orbit", Physical Review 131 (1963), 435; P. C. Peters, 同 136 (1964), B1224.
  2. R. A. Hulse, J. H. Taylor, Astrophysical Journal 195 (1975), L51; J. M. Weisberg, Y. Huang, 同 829 (2016), 55; 1993 年のノーベル物理学賞の発表(NobelPrize.org)
  3. B. P. Abbott et al. (LIGO Scientific Collaboration and Virgo Collaboration), "Observation of Gravitational Waves from a Binary Black Hole Merger", Physical Review Letters 116 (2016), 061102; 同 116 (2016), 241102; Annalen der Physik 529 (2017), 1600209.
  4. B. P. Abbott et al., "GW170817: Observation of Gravitational Waves from a Binary Neutron Star Inspiral", Physical Review Letters 119 (2017), 161101; Nature 551 (2017), 85; B. F. Schutz, Nature 323 (1986), 310.
  5. C. Cutler et al., "The Last Three Minutes", Physical Review Letters 70 (1993), 2984; P. Kafka, Space Science and Fundamental Physics, ESA SP-283 (1988), 121; C. Bassett, D. Kennefick, AAS Meeting 243, 216.04 (2024).
  6. M. Drago, A. Lundgren, "Die Entdeckung des ersten Gravitationswellen-Signals", マックス・プランク協会 研究報告 2016, doi:10.17617/1.56; J. L. Cervantes-Cota et al., "A Brief History of Gravitational Waves", Universe 2 (2016), 22; LIGO の発表(2016 年 2 月 11 日)
  7. 2017 年のノーベル物理学賞の発表(NobelPrize.org); 東京大学宇宙線研究所 重力波観測研究施設「KAGRA の概要」「国際共同観測」

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