余白の書き込み
17 世紀のフランス、トゥールーズの法律家ピエール・ド・フェルマーは、仕事の合間に数学をした。彼が愛読したのは、3 世紀ごろのアレクサンドリアのディオファントスの『算術』を、1621 年にバシェがギリシア語とラテン語の対訳で出した本である。フェルマーは、その広い余白に、思いついたことを書き込んでいった。
第 2 巻の問題 8 は、「与えられた平方数を 2 つの平方数に分けよ」という問題だった。その横に、フェルマーはラテン語でこう書いた。立方数を 2 つの立方数に、4 乗数を 2 つの 4 乗数に、一般に 2 乗より大きいどんな累乗の数も、同じ累乗の 2 つの数に分けることはできない。私はこのことの真に驚くべき証明を見つけたが、この余白はそれを書くには狭すぎる。
書き込まれた年は分かっていない。1637 年ごろとする本が多いが、1630 年ごろとみる研究者もいる。フェルマーの持っていた本そのものは残っていない。フェルマーの死後、息子のクレマン=サミュエルが、父の書き込みを入れた『算術』を 1670 年に出版し、この一節は 2 番目の注として世に出た。
フェルマーが証明を書かずに残した主張の多くは、のちに誰かが証明するか、誤りが示された。最後まで残ったのがこの主張で、そのため「最終定理」と呼ばれるようになった。フェルマーはその後の手紙で、指数が 3 と 4 の場合だけを取り上げていて、一般の場合には触れていない。多くの歴史家は、余白の「驚くべき証明」には穴があったと考えている。
この問題には、もう 1 つの言い伝えがある。ダルムシュタットの裕福な銀行家の家に生まれたパウル・ヴォルフスケールは、医学を学んだのち数学に移り、ベルリンでクンマーの講義を聞いた。彼は、この定理を最初に証明した人に 10 万マルクを贈るという遺言を残して 1906 年に亡くなり、1908 年 6 月 27 日、ゲッティンゲンの王立科学協会が賞の条件を告示した。失恋して自殺しようとしたヴォルフスケールが、決めた時刻を待つあいだにクンマーの論文を読みふけり、時刻が過ぎて思いとどまった、という話がよく語られる。この話は 1969 年にフィリップ・デイヴィスが、数学者オストロフスキーから聞いたとして書いたものである。数学史家クラウス・バルナーが 1997 年に調べたところ、ヴォルフスケールは 1880 年ごろから多発性硬化症を患い、1903 年の結婚は不幸だったが、自殺の計画を聞いたことのある親族や関係者は見つからなかった。賞金は 1920 年代のインフレと 1948 年の通貨改革で目減りしたあと利子で増え、1997 年 6 月 27 日、ワイルズに 7 万 5000 マルクが贈られた。
起源
指数が 2 のときは、 のように整数の解が無数にある(三平方の定理)。ディオファントスの問題 8 は、まさにこの場合だった。フェルマーの主張は、指数が 3 以上になると解が 1 つも無くなる、というものである。
フェルマー自身は、別の書き込みで、直角三角形の面積は平方数になりえないことを「無限降下法」で示した。ここから指数 4 の場合が従う。指数 3 は 18 世紀にオイラーが扱い、1770 年の『代数学』に証明を載せた(一部に穴があったが、のちに埋められた)。指数 5 は 1825 年にディリクレとルジャンドルが、指数 7 は 1839 年にラメが証明した。ソフィー・ジェルマンは、多くの指数をまとめて扱う方法を考えた。
1847 年 3 月 1 日、ラメはパリの科学アカデミーで、すべての指数についての証明を発表した。その場でリウヴィルが、証明は「素因数分解がただ 1 通り」であることを前提にしているが、ラメの使う数の範囲ではそれが成り立つとは限らない、と指摘した。ドイツのクンマーは、この問題に 1844 年には気づいていて、それを乗り越える「理想数」を考えていた。同じ 1847 年、彼は正則素数と呼ばれる多くの素数の指数について定理を証明した。理想数の考えは、のちにデデキントのイデアルとして、代数学の土台になっていく。
20 世紀の後半、道筋は思いがけない方向から開けた。1955 年、東京と日光で開かれた国際シンポジウムで、谷山豊は楕円曲線と保型形式の関係についての問題を出した。のちに志村五郎らの仕事を経て、「有理数の上のすべての楕円曲線は保型的である」という谷山・志村予想にまとまる。1980 年代の半ば、ゲルハルト・フライは、フェルマーの方程式に解があれば、とても奇妙な楕円曲線が作れることに気づき、1986 年に論文で発表した。1986 年、ケン・リベットは、その曲線が保型的になりえないことを証明した。
10 歳のとき、ケンブリッジの図書館で E・T・ベルの本からこの問題を知ったアンドリュー・ワイルズは、リベットの結果を聞いて、7 年間ひとりで取り組んだ。1993 年 6 月 23 日、ケンブリッジのアイザック・ニュートン研究所での 3 回の講演の最後に、証明を発表した。査読の中で穴が見つかったが、1994 年 9 月 19 日、元の教え子リチャード・テイラーとの共同作業の中で、穴を埋める方法を見つけた。証明は 1995 年 5 月、『アナルズ・オブ・マセマティクス』に 2 本の論文として載った。
証明
完全な証明は、ワイルズの 100 ページを超える論文と、テイラーとワイルズの論文、そしてそれらが土台にする多くの理論からなる。ここでは考え方の道筋を示す。
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指数 で解があれば、 の約数 でも解がある。 なら 3 以上の整数は 4 か奇素数で割り切れるので、指数が 4 の場合と、奇素数 の場合を示せば足りる。
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指数 4 はフェルマーの無限降下法による。 に正の整数解があると仮定する。 は三平方の関係を満たす整数の組なので、その一般形の公式を 2 度使うと、 より小さい新しい解が作れる。これをくり返すと正の整数が限りなく小さくなり続け、矛盾する。 は、 とおけばこの式の特別な場合である。
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奇素数 について、互いに素な正の整数で となったとする。フライは、この解から楕円曲線 を作った。
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この曲線の判別式は、3 つの根の差の積の 2 乗から と、ほとんどすべてが 乗でできている。こんな曲線は「ありえないほど特別」で、性質がよすぎる。
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リベットは、もし が保型的なら、この特別さから、重さ 2・レベル 2 の保型形式が存在しなければならないことを示した。しかし、そのような保型形式は 1 つも無い。 よって は保型的ではない。
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ワイルズ(とテイラー)は、 のような「半安定」な楕円曲線は、すべて保型的であることを証明した。これは手順 5 と矛盾するので、最初の解は存在しない。
いちばん難しいのは手順 6 である。楕円曲線と保型形式という、まったく別の世界のものが 1 対 1 に対応することを示すには、両者を素数ごとの数の並びとして比べ、無限に多くの素数での一致を、有限の確認から導く仕組みが必要だった。2001 年には、ブルイユ・コンラッド・ダイアモンド・テイラーが、半安定でない曲線も含めて、谷山・志村予想を完全に証明した。
応用
楕円曲線暗号。 証明の主役だった楕円曲線は、暗号の道具にもなっている。暗号資産のビットコインは、 という楕円曲線を、約 個の要素からなる有限の数の世界で使い、署名を作る。256 ビットの楕円曲線暗号は、3072 ビットの RSA 暗号とほぼ同じ強さとされ、鍵が短くて済むので、スマートフォンやウェブの通信で広く使われている。
ほとんど成り立つ式。 アメリカのアニメ『ザ・シンプソンズ』の 1998 年の回には、黒板に と書かれる場面がある。左辺の 12 乗根は 4472.0000000070… で、10 桁の電卓では等しく見えるが、両辺はどちらも 44 桁の数で、上から 10 桁しか一致しない。定理があるので、どれほど近い組が見つかっても、ぴったり等しくなることはない。
指数が 2 の場合。 指数が 2 なら、 の正の整数から と、整数の解をいくらでも作れる。 で 、 で になる。
図示
シミュレーション
格子の 1 マスは整数の組 で、 が整数に近いほど点が密になる。 では、ぴったり整数になる点(丸)が並び、三平方の関係を満たす整数の組が見える。つまみで を 3 以上にすると、白い丸は 1 つも現れず、いちばん近い組だけが四角で示される。
広がる学問
- 数学 クンマーの理想数はイデアルとして環論の土台になり、ワイルズの方法はラングランズ・プログラムと呼ばれる、数論と表現論をつなぐ大きな計画を大きく前に進めた。
- 情報科学 楕円曲線暗号は、公開鍵暗号の中心の 1 つになった。また、2024 年 10 月からはケヴィン・バザードらが、この定理の証明全体を証明支援系 Lean で計算機に確かめさせる 5 年計画を進めている。
- 哲学 フェルマーの「驚くべき証明」は確かめようがない。100 ページを超える証明を、何人の専門家が読めば正しいと言えるのか。証明を人が読む文章から、計算機が確かめる形式へ移す試みは、「証明とは何か」という問いを改めて投げかけている。
参考文献
- Diophanti Alexandrini Arithmeticorum libri sex, cum commentariis C. G. Bacheti et observationibus D. P. de Fermat (Toulouse, 1670), Observatio II.
- Andrew Wiles, "Modular elliptic curves and Fermat's Last Theorem", Annals of Mathematics 141 (1995), 443-551.
- Richard Taylor, Andrew Wiles, "Ring-theoretic properties of certain Hecke algebras", Annals of Mathematics 141 (1995), 553-572.
- Kenneth A. Ribet, "On modular representations of Gal(Q̄/Q) arising from modular forms", Inventiones mathematicae 100 (1990), 431-476.
- Klaus Barner, "Paul Wolfskehl and the Wolfskehl Prize", Notices of the AMS 44 (1997), 1294-1303.
- Simon Singh, Fermat's Last Theorem (Fourth Estate, 1997)(青木薫 訳『フェルマーの最終定理』新潮文庫)
- MacTutor History of Mathematics, "Fermat's last theorem"