三次方程式の解の公式(カルダノの公式)

Cardano's formula

誓いを立てて聞いた秘密の解き方を、カルダーノは本に載せた。

x³+px+q=0 の解を係数と根号で書く式。16 世紀イタリアの公開試合と先取権争いの中で世に出て、虚数を避けて通れないものにした。

年代
1545年
人物
ジェロラモ・カルダーノ、ニコロ・タルターリャ、シピオーネ・デル・フェッロ、ロドヴィコ・フェラーリ、ラファエル・ボンベリ、ウマル・ハイヤーム
逸話

秘密の解き方と公開試合

16 世紀のイタリアでは、数学の腕は公開の試合で示された。互いに問題を出し合い、期日までに多く解いた方が勝つ。勝てば名声と教職が手に入り、負ければ失う。解き方は収入と地位を守る財産であり、人に教えないのが普通だった。

ボローニャ大学のシピオーネ・デル・フェッロは、1515 年ごろ、「立方と物が数に等しい」型、今の記号で の解き方を見つけた。発表はしなかった。1526 年に亡くなる前に、弟子のアントニオ・マリア・フィオールに教えたとされる。

1535 年、フィオールはこの切り札を持って、ブレシア生まれの独学の数学者ニコロ・フォンターナに試合を挑んだ。フォンターナは 12 歳のとき、ブレシアに攻め込んだフランス兵に顎と口を切られ、うまく話せなくなった。そのため「吃る人」を意味するタルターリャと呼ばれ、自分でもその名を使った。

2 人は 30 問ずつ出し合った。フィオールの 30 問は、すべて の型だった。タルターリャ自身の記録によれば、1535 年 2 月 13 日の明け方に解き方がひらめき、30 問を 2 時間足らずで解いた。試合はタルターリャの圧勝に終わった。

ミラノの医師で数学者のジェロラモ・カルダーノは、この解き方を何度も求めた。1539 年 3 月、タルターリャはミラノのカルダーノの家を訪ね、解き方を明かした。タルターリャが後に出版した『さまざまな問題と発明』(1546)によると、カルダーノは神の福音書にかけて、決して公表せず、自分の死後も誰にも読めないよう暗号で書き留める、と誓った。タルターリャは解き方を、イタリア語の詩の形で渡した。「立方が物と合わせて、ある数に等しいとき」と始まる詩である。

1543 年、カルダーノと弟子のロドヴィコ・フェラーリはボローニャを訪れ、デル・フェッロの婿アンニバレ・デッラ・ナーヴェのもとで、デル・フェッロの書き付けを見た。最初に解いたのはタルターリャではなかった。そう知った 2 人は、誓いに縛られないと考えた。1545 年、カルダーノは『アルス・マグナ(大いなる術)』で解き方を公表した。本の中では、デル・フェッロが最初に見つけ、タルターリャが独立に見つけ直したと書いている。

タルターリャは激しく抗議した。フェラーリは師をかばって、印刷した挑戦状をタルターリャに送りつけ、応酬が 1 年あまり続いた。1548 年 8 月 10 日、ミラノのフランシスコ会の修道院の庭にある教会で、2 人の公開討論が開かれた。初日の形勢が悪いと見たタルターリャは、その夜のうちにミラノを去った。勝ちはフェラーリのものとされた。タルターリャはこの討論に出ることを条件に故郷ブレシアの講師の職を得ていたが、1 年後には給料が払われなくなり、ヴェネツィアへ戻った。

誓いの言葉や詩の文面は、争いの一方の当事者であるタルターリャの本に残るものである。カルダーノの側から見た記録は、フェラーリの挑戦状に残っている。

起源

三次方程式は、古代から解けない問題の代表だった。

ギリシアでは、立方体の体積を 2 倍にする立方体倍積問題、つまり が、定規とコンパスでは作図できない難問として知られていた。紀元前 4 世紀のメナイクモスは、放物線と双曲線の交点として答えの長さを作った。

11 世紀のペルシアの詩人で数学者ウマル・ハイヤームは、正の係数しか使わない立場で三次方程式を 14 の型に分け、それぞれを 2 つの円錐曲線の交点として作図で解いた。数の計算で解く方法は見つからず、後に続く人が見つけるかもしれない、と書き残している。1494 年にイタリアのルカ・パチョーリは『算術・幾何・比と比例の大全』で、三次方程式の一般の解き方は当時の技術では不可能だと書いた。

その壁を破ったのが、前の章のデル・フェッロとタルターリャである。カルダーノは『アルス・マグナ』第 11 章で を例に取り、答えを

と書いた。計算すると である。カルダーノは、大きな立方体を 2 つの立方体と 6 つの直方体に切り分ける図で、この式が正しいことを示した。同じ本には、フェラーリが見つけた四次方程式の解き方も載っている。

公式には困った点があった。実数の解が 3 つある場合に限って、根号の中が必ず負になる。カルダーノはこれを扱いきれなかった。1572 年、ボローニャのラファエル・ボンベリは『代数学』で を取り上げた。公式は を与える。ボンベリは を確かめ、2 つの立方根の和が になることを示した。答え 4 は、たしかに元の式を満たす。カルダーノも『アルス・マグナ』で を計算していたが、役に立たない技巧だと書いていた。ボンベリは負の数の平方根を掛け合わせる規則を書き並べ、虚数を計算の道具として使ってみせた。

証明

一般の は、 と置くと 2 乗の項が消え、 の形になる。この形を解けば十分である。

  1. 解を 2 つの数の和 とおく。展開すると

  2. 右辺の を に戻して移項する。

  3. これを と見比べ、2 つの条件を課す。

  4. 1 つめを 3 乗すると、 と の積が分かる。

  5. 和と積が分かった 2 数は、二次方程式の 2 つの解である。

  6. 解の公式から

  7. それぞれの立方根をとって足す。

根号の中の が解の種類を決める。 なら実数の解は 1 つ。 なら重なった解を含む。 なら実数の解が 3 つあるのに、式の途中で負の数の平方根を通らなければならない。立方根には複素数の範囲で 3 つの値があり、 の立方根 を使うと、残り 2 つの解は と になる。

のとき、実数の根号と四則だけでは解を書けないことが 19 世紀に証明された。三角関数を使えば の形で 3 つの解を実数のまま書ける。この方法はヴィエトが示し、没後の 1615 年に出版された。

応用

カルダーノの例題。 では , で、 である。立方根はそれぞれ と で、足すと 2 になる。根号が入り組んだ式が、整数に化ける。

気体と液体。 ファン・デル・ワールスの状態方程式 は、1 mol あたりの体積 の三次方程式である。二酸化炭素の定数 L²·bar/mol²・ L/mol を使い、280 K・50 bar で解くと、 は 0.082・0.126・0.300 L/mol の 3 つになる。いちばん小さい解が液体、いちばん大きい解が気体に対応し、真ん中は物理的に実現しない。理想気体なら 0.466 L/mol で、解は 1 つしかない。温度を臨界温度(この式では約 304 K)より上げると、実数の解は 1 つに減り、液体と気体の区別が消える。

画面の動き。 CSS やアニメーションの道具で使う 3 次ベジェ曲線は、時刻を表す から媒介変数 を逆に求めるとき、三次方程式を解く必要がある。ただし実際のブラウザの実装は、公式ではなく、ニュートン法などの反復で数値的に解くことが多い。公式は桁落ちや複素数の扱いが面倒で、反復の方が速く安定するからである。

図示

y = x³ − 3x + q のグラフを 3 つ並べる。q = 3 では x 軸と 1 回、q = 2 では接して 2 回、q = 0 では 3 回交わる。根号の中 Δ の符号が、交わる回数を決める。

左から ・・ である。いちばん右の場合こそ、実数の解が 3 つそろうのに、公式が虚数を通る場合である。

シミュレーション

左(縦長の画面では上)の平面の点が を表し、もう一方に のグラフが出る。点をドラッグすると、曲線 をまたぐたびに、 軸との交わりが 1 つから 3 つへ入れ替わる。斜線の内側が 、つまり公式が虚数を通る領域である。「巡回」を入れると、点が代表の位置を順に回る。

広がる学問

  • 数学 虚数は、三次方程式の公式を使うために認めざるを得なかった。四次の後、五次方程式の一般の公式を探す努力は、ルフィニとアーベルによる不可能の証明(1799・1824)と、解の入れ替えの対称性で方程式を調べるガロアの理論に行き着いた。
  • 化学 ファン・デル・ワールスの式やその改良版の状態方程式は三次方程式で、化学工学の装置設計では、圧力と温度から液体と気体の体積を求めるたびに三次方程式を解く。
  • 情報科学 フォントの輪郭や描画ソフトの曲線は 3 次ベジェ曲線で表される。曲線と直線の交点や、点から曲線までの最短距離を求めると三次以上の方程式になる。コンピュータグラフィックスでは、公式と反復法を使い分けて解く。

参考文献

  1. Girolamo Cardano, Ars Magna, or The Rules of Algebra, trans. T. Richard Witmer (MIT Press, 1968; Dover, 1993).
  2. Niccolò Tartaglia, Quesiti et inventioni diverse (Venezia, 1546).
  3. Rafael Bombelli, L'Algebra (Bologna, 1572).
  4. J. J. O'Connor and E. F. Robertson, "Nicolo Tartaglia", MacTutor History of Mathematics Archive, University of St Andrews.
  5. Victor J. Katz, A History of Mathematics: An Introduction, 3rd ed. (Addison-Wesley, 2009).
  6. Jacqueline Stedall, From Cardano's Great Art to Lagrange's Reflections: Filling a Gap in the History of Algebra (European Mathematical Society, 2011).

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