両辺の水と、ハトの胸の筋肉
呼吸の式の両辺に、なぜ水が書かれているのだろうか。左に6個、右に12個。差し引けば右に6個残るだけなのに、生物の教科書は両方を書く。答えは、式を3つの段階に分けると見えてくる。
3つのうち真ん中の段階は、ハンス・クレブスが組み立てた。ハトの胸の筋肉は飛ぶための強い筋肉で、細かく砕いて液に混ぜても、酸素を使う働きをよく保つ。1937年の3月から6月にかけて、イギリスのシェフィールドの研究室で、クレブスらはこの筋肉を使い、オキサロ酢酸を加えるとクエン酸が盛んにでき、そのクエン酸がまた速く分解されることを確かめた。ピルビン酸から来たものがオキサロ酢酸と結びついてクエン酸になり、水素と二酸化炭素を外されながら一回りして、もとのオキサロ酢酸に戻る。この輪はクエン酸回路と名づけられ、クレブスは1953年、この発見でノーベル生理学・医学賞を受けた。
3つの段階の式を足す
呼吸を、解糖系、クエン酸回路、電子伝達系の3つの段階の式に分ける。3本を順に足し、両辺に同じだけある物質を消せば、教科書の式だ。では、両辺の水はそれぞれどの段階の水なのか。答えは原子を数えると分かる。
グルコース(ブドウ糖)が1個分解されるとき、酸素が6個と水が6個使われ、二酸化炭素が6個と水が12個できる。式の係数はこの分子の数だが、1 molあたりの物質量と読んでもよい。
3つの段階は、細胞の中の別々の場所で進む。ミトコンドリアは細胞の中にある二重の膜の小さな袋で、内側の膜を内膜、内膜に囲まれた中身をマトリックスという。解糖系が進むのはミトコンドリアの外の細胞質基質で、クエン酸回路はマトリックス、電子伝達系は内膜だ。
途中で外された水素は、NADHやFADH₂という運び役の分子にのって電子伝達系まで運ばれ、教科書ではこの水素原子をまとめて[H]と書く。エネルギーを受け渡す分子のATPは、3つの段階のそれぞれで作られる。
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解糖系の式を書く
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クエン酸回路の式を書く
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電子伝達系の式を書く
はピルビン酸である。手順1と2で外された[H]は4個と20個で、合わせると、手順3で使う24個とちょうど同じ数になる。
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手順1と2の、左辺どうし、右辺どうしを足す
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両辺にあるを消す
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[H]を1つにまとめる
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手順3の左辺どうし、右辺どうしを足す
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両辺の24[H]を消す(左辺の並びは入れかえてよい)
つまみで段階を進めると、水の行は6個のまま解糖系を通り、クエン酸回路で0個に減り、電子伝達系で12個に増える。左辺の水と右辺の水は、別の段階で使われ、別の段階でできた水なのだ。
手順8の両辺から水を6個ずつ引けば、という短い式になる。原子の数はどちらでも合う。ただ、短い式からは、水が一度使われてから作り直されることが読み取れない。
| 原子 | 左辺 | 右辺 |
|---|---|---|
| C | 6 | 6 |
| H | 12 + 12 = 24 | 12 × 2 = 24 |
| O | 6 + 12 + 6 = 24 | 12 + 12 = 24 |
段階ごとの式で酸素原子を追うと、もう1つ分かることがある。二酸化炭素6個に含まれる酸素原子12個は、グルコースの6個と、クエン酸回路で使う水の6個から来る。吸い込んだ酸素の12個は電子伝達系でできる水12個にすべて入り、二酸化炭素には1個も入らない。
吐く息の比と、燃やしたときの熱
式は質量の計算にも使える。原子量をH = 1、C = 12、O = 16とする。グルコース1 mol(180 g)が呼吸で分解されるとき、酸素6 mol(192 g)と水6 mol(108 g)が使われ、二酸化炭素6 mol(264 g)と水12 mol(216 g)ができる。
吐く息の二酸化炭素と、使った酸素の比も、この式から読める。グルコースだけを使うなら、酸素を6個使うあいだに二酸化炭素も6個出るので、比は1.0だ。脂肪を燃やすと比が0.7ほどまで下がる理由(呼吸商)は、化学反応式の量的関係で計算できる。
両辺から水を差し引いた式は、グルコースを燃やす反応と同じ形をしている。だから、始めと終わりで出入りするエンタルピーの合計は、燃やしたときと変わらない(ヘスの法則)。違うのは、細胞が3つの段階で少しずつエネルギーを取り出し、その一部をATPにためる点だ。植物の光合成の反応式は、呼吸の式の左辺と右辺をそっくり入れかえた形になっている。
分子の数と質量で確かめる
例題 1基本短い式の原子を数える
呼吸の反応式の両辺から水を6分子ずつ引いた式を書き、炭素、水素、酸素の原子の数が両辺でそろっていることを確かめよ。
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左辺のがなくなり、右辺のはになる。
炭素は左辺6個、右辺6個。水素は左辺12個、右辺個。酸素は左辺個、右辺個で、3つともそろう。
例題 2基本グルコース45 gを分解する
グルコース45 gが呼吸で完全に分解されるとき、使われる酸素と水、できる二酸化炭素と水の質量をそれぞれ求めよ。原子量はH = 1、C = 12、O = 16とする。
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グルコースのモル質量は180 g/molなので、物質量は molである。係数の比から、酸素と使う水は mol、二酸化炭素は1.5 mol、できる水は molになる。
左辺は g、右辺は gで、質量はそろう。差し引きで増える水は27 gである。
例題 3入試ピルビン酸1分子が使う水
ピルビン酸1分子がクエン酸回路で完全に分解されると、二酸化炭素が3分子できる。このとき使われる水の分子数と、できる[H]の数を、原子の数がそろうことから求めよ。
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使う水を分子、できる[H]を個とおく。
酸素原子は左辺個、右辺個なので、。水素原子は左辺個で、右辺のと等しいので、である。ピルビン酸2分子なら水6分子と[H]20個で、手順2の式と合う。
呼吸の段階を問う出題
- 2024年 大学入学共通テスト 本試験 生物 第1問 問1:エネルギー代謝についての4つの文から、最も適当なものを選ぶ。解糖系で差し引きATPが増えるか、クエン酸回路でNADHのほかにATPもできるか、電子伝達系で二酸化炭素が出るか、といった段階ごとの出入りが問われる。出典は大学入試センター「令和6年度 本試験の問題」。
- 2025年 大学入学共通テスト 追試験 生物 第2問 問1:光合成と呼吸の電子伝達系を比べ、水素イオンの濃度が高くなる場所と、最初に電子伝達系へ電子を渡す物質を答える。呼吸ではその物質がNADHとFADH₂であることが、問題文に示されている。出典は大学入試センター「令和7年度 追・再試験の問題」。
参考文献
- 文部科学省『高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 理科編 理数編』(2018)、第1部 第2章 第7節「生物」3(2)ア(イ)㋐ 呼吸、136ページ
- H. A. Krebs, "The citric acid cycle", Nobel Lecture, December 11, 1953
- NobelPrize.org「Hans Krebs Facts」
- 大学入試センター「令和6年度 大学入学共通テスト 本試験 生物」「令和7年度 大学入学共通テスト 追・再試験 生物」