597前後にそろった熱
炭素が一酸化炭素になるときの熱は、どうやって測るのだろうか。炭素を燃やして一酸化炭素だけを取り出すのは難しく、酸素を絞れば燃え残りが出て、多くすれば二酸化炭素まで進んでしまう。測れない反応の熱は、測れる反応を組み合わせて出す。
答えの土台は、1840年にサンクトペテルブルクの科学アカデミーの紀要に載った、ジェルマン・アンリ・ヘスの「熱化学の研究」にある。ヘスは、硫酸の分子1個あたり水を1個、2個、3個の割合で先に混ぜてからアンモニア水で中和し、水を混ぜたときの熱と中和の熱を足し合わせた。水を混ぜずに中和した場合と合わせて、4通りの合計は595.8から601.8の幅に収まった。同じ論文でヘスは、化合が起これば、直接でも、いくつかの段階を経ても、出る熱の量はいつも一定だと書いている。
道を変えても、段差の合計は同じ
反応エンタルピーを、エネルギーの段差として図に描く。段差は始めと終わりの高さだけで決まるので、途中の段をどう通っても合計は変わらない。この性質を使えば、測れる2つの反応から、測りにくい一酸化炭素のが出せる。
記号Δ(デルタ)は差を表し、は反応のあとの物質がもつエンタルピーから、反応の前の物質がもつエンタルピーを引いた差である。エンタルピーは物質がもつエネルギーの大きさを表す量で、圧力が一定なら、この差が反応で出入りする熱になる。差が負なら、物質が下の段へ下りた分だけ熱が出る(発熱)。決め方と測り方は反応エンタルピーで読める。
図の高さの差は始めの段と終わりの段の位置だけで決まる。だから途中で寄り道をしても、下りた段差と上った段差を符号ごと全部足せば、まっすぐ下りたときと同じ。これを式にしたものが、ヘスの法則だ。
の単位はkJ。反応式の係数どおりの物質量が反応したときの値を書く決まりなので、係数を2倍にすればも2倍になる。
ヘスの表も、同じことを示している。熱の分かれ方は4通りでばらばらだが、先に水を混ぜて出た熱と、そのあと中和して出た熱を棒でつなぐと、4本の長さはほとんどそろう。
英訳の表は、水1個のときの和を595.7と印刷し、平均を597.6としている。ただ、518.9と77.8を足すと596.7で、表の和は1だけ合わない。どちらで数えても、4本の差はいちばん大きい組で6、平均の1%ほどにとどまる。
つまみで途中の段を上下させると、とはそれぞれ大きく変わる。途中の段が始めより高ければは正(吸熱)だ。それでも2つの和は−394 kJのまま動かない。
では、測れる2つの反応から、一酸化炭素ができるときのを出そう。使うのは、黒鉛を十分な酸素で燃やす反応と、一酸化炭素を燃やす反応である。どちらも燃え残りが出ないので、出た熱で水が何度温まったかを測る熱量計で、熱の量が分かる。
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測れる反応①を、と一緒に書く
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測れる反応②を書く
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求めたい反応のをとおく
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まっすぐの道と、COを通る道の段差が等しいとおく
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数を入れる
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両辺に283を足す
式の足し引きでも、同じ答えが出る。反応②を逆向きにして反応①に足し、両辺に同じだけある物質を消せばよい。逆向きにした反応は、同じ2つの段のあいだを上ることになるので、の符号が変わる。
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反応②を逆向きに書き、の符号を変える
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反応①と、左辺どうし、右辺どうし、どうしを足す
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両辺からを1つずつ、をずつ消す
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を計算する
手順9で左辺のがだけ残ったのは、右辺のと打ち消し合ったからである。値は25 °Cの値を整数に丸めたもので、米国国立標準技術研究所(NIST)のデータでは、二酸化炭素の生成エンタルピーが−393.5 kJ/mol、一酸化炭素が−110.5 kJ/mol。差の283.0 kJが、反応②の段差にあたる。
表の数字を燃焼から作る
生成エンタルピーは単体からその物質1 molができるときのである。物質1 molが酸素で完全に燃えるときのは、燃焼エンタルピーという。表に並ぶ生成エンタルピーの中にも、燃焼エンタルピーからヘスの法則で組み立てたものがある。たとえばメタンなら、メタンを燃やした熱を測り、黒鉛と水素を燃やした熱との差から出す。
NISTのデータベースには、1972年にピッタムとピルチャーが炎の熱量計で測ったメタンの燃焼エンタルピー、−890.7 kJ/molが載っている。単体から二酸化炭素と水まで下りる段差は、二酸化炭素−393.52 kJ/molと液体の水−285.83 kJ/molの生成エンタルピーから出る。
NISTはこの計算で出した−74.48 kJ/molを、測った燃焼の値と並べて載せている。値の違う測定がいくつもあり、それぞれから同じ計算で生成エンタルピーが出されているのだ。
生き物の体の中でも、この性質は変わらない。グルコースは呼吸で何段階にも分かれて分解されるが(呼吸の反応式)、始めと終わりの物質が燃焼と同じなら、出入りするエンタルピーの合計も燃やしたときと同じになる。違うのは、細胞がエネルギーの受け渡しに使うATPという分子に、その一部をためながら、少しずつ取り出す点である。
燃焼の熱から測れない反応を出す
例題 1基本エチレンに水素を付ける
エチレン、水素、エタンの燃焼エンタルピーを、それぞれ−1411 kJ/mol、−286 kJ/mol、−1560 kJ/molとする。の反応エンタルピーを求めよ。
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エチレン1 molと水素1 molを燃やすと、二酸化炭素2 molと水3 molになる。エタン1 molを燃やしても同じ物質ができるので、どちらの道も同じ段に着く。反応物を燃やす道を下り、エタンの燃焼を逆向きに上ればよい。
例題 2基本溶かしてから中和する
水酸化ナトリウムの固体1 molを水に溶かすと、44.5 kJの熱が出る。水酸化ナトリウム水溶液と塩酸を中和して水が1 molできるときは、56.5 kJの熱が出る。水酸化ナトリウムの固体1 molを、十分な量の薄い塩酸に入れて溶かしたときのを求めよ。
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固体を塩酸に入れると、溶ける段と中和する段が一度に進む。始めの物質(固体と塩酸)と終わりの物質(塩化ナトリウム水溶液と水)は、先に水に溶かしてから中和する道と同じなので、2つの段差を足せばよい。熱が出る反応なので、どちらのも負になる。
例題 3入試結合エネルギーで原子を通る道
H−H、Cl−Cl、H−Clの結合エネルギーを、それぞれ436 kJ/mol、243 kJ/mol、432 kJ/molとする。(すべて気体)の反応エンタルピーを求めよ。
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結合エネルギーは、気体の分子の結合1 molを切って、ばらばらの原子にするのに要るエネルギーである。反応物をいったん原子に分ける道を上り、原子から塩化水素を作る道を下る。 結合を切る段差は kJの上り、H−Cl結合2 mol分を作る段差は kJの下りになる。
発酵の熱を燃焼から組み立てた出題
- 2025年 大学入学共通テスト 追試験 化学 第5問 問1:グルコースがエタノールと二酸化炭素に分かれるアルコール発酵のΔHを、グルコースとエタノールの燃焼エンタルピーから求め、発熱か吸熱かを選ぶ。燃やす道を下り、エタノールの燃焼を逆にたどる組み立てが問われる。出典は大学入試センター「令和7年度 追・再試験の問題」。
参考文献
- 文部科学省『高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 理科編 理数編』(2018)、第1部 第2章 第5節「化学」3(2)ア(ア)㋐ 化学反応と熱・光、103ページ
- G. H. Hess, "Recherches thermochimiques", Bulletin scientifique publié par l'Académie impériale des sciences de Saint-Pétersbourg 8 (1840), 257-272。英訳(抄)はChemTeam「Hess on thermochemistry」
- G. H. Hess, "Thermochemische Untersuchungen", Annalen der Physik 126 (1840), 385-404
- NIST Chemistry WebBook, SRD 69「Carbon dioxide」「Carbon monoxide」「Methane」「Water」。メタンの燃焼の測定はD. A. Pittam, G. Pilcher, J. Chem. Soc., Faraday Trans. 1 68 (1972), 2224-2229
- 大学入試センター「令和7年度 大学入学共通テスト 追・再試験 化学」