不等号の向きが変わった式
のは、系が受け取る熱である。捨てた熱は負の数で入る。系が1周して元に戻るとき、この和は可逆なら0、不可逆なら負で、正になる機関は作れない。
ところが、最初からこの向きだったわけではない。
ルドルフ・クラウジウスは1865年の論文の注で、循環過程に当てはまる第二法則の最も一般的な式を初めて示したのは1854年の論文だったと書いている。その論文では、物体が熱源へ渡した熱を正、熱源から奪った熱を負と数えていた。この数え方だと、不等式はになる。
1865年4月24日にチューリヒの自然科学協会で読んだ論文で、クラウジウスは物体が受け取る熱を正に改め、と書いた。同じ論文の390ページでは、に「エントロピー」の名を与えている。
だから、古い論文や教科書を読むときは、不等号より先にの符号を見る。
にも注意が要る。1865年のクラウジウスは、熱を受け取る瞬間の物体の温度、物体の中で温度が違えば受け取る部分の温度と書いた。一方、北海道大学の講義資料のように、熱をやり取りする熱源の温度で導く教材もある。こうすると、熱が移るあいだ系の温度が定まらない過程も扱える。両者が等しいとみなせるのは可逆のときである。
熱機関をつないで熱源を1つにする
出発点はウィリアム・トムソンの形の第二法則である。1つの熱源から受け取った熱をすべて仕事に変え、ほかに何の変化も残さない循環過程は存在しない。もう1つ、カルノーの可逆機関を温度との熱源のあいだで動かすと、やり取りする熱の比は絶対温度の比に等しい。
系は1周のあいだに温度の熱源と熱をやり取りし、熱源からを受け取るとする。放出ならは負である。
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別の熱源と各熱源のあいだに可逆機関を置き、へを渡す
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がから受け取る熱を解く
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すべてのについて足す
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全体の差し引きを熱力学第一法則で書く
系もも元に戻り、熱源〜の差し引きも0である。つまり全体としては、熱源の熱が仕事になっただけで、ほかに何も変わっていない。
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トムソンの原理からは正になれない
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で割る
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熱源を細かく分けて和を積分にする
手順7のは、上の導き方では熱源の温度である。等号はどんなときに成り立つのか。系が可逆なら逆回りでき、すべてのの符号が反転する。逆回りの1周にも手順6は成り立つ。
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逆回りに手順6を使う
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手順6と手順8を合わせる
エントロピーの増大則は、ここから1歩ずつ出る。
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可逆な1周で0なので、AからBへの2つの可逆な道I、IIの積分は等しい
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状態だけで決まる量を定義する
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任意の過程のあと可逆に戻して1周にする
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第2項をで書く
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移項する
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外と熱をやり取りしない系ではとする
手順15が増大則である。ただし条件は断熱で、系が外へ熱を捨てるならエントロピーは減ってよい。冷蔵庫の中の水が凍っても、第二法則には反しない。
効率の上限は温度の比で決まる
熱機関の効率の上限は、手順6に2つの熱源を入れるだけで出る。高温からを受け取り、低温へ大きさの熱を捨てる機関では、次の式が成り立つ。
仕事はなので、効率は温度だけで頭を押さえられる。
600 °Cの蒸気と30 °Cの冷却水なら、上限はである。燃料の種類も機械の構造も、この式には入ってこない。同じ不等式は暖房の上限も決める。室内20 °C、屋外0 °Cのヒートポンプなら、仕事で室内へ運べる熱は多くてもだ。
手順14からは不可逆の度合いも読める。左辺と右辺の差が大きいほど、仕事に変えられたはずのエネルギーを失っている。もっとも、不等式からは、なぜ増えるのかまでは分からない。その答えは、に分子の数え上げの意味を与えるボルツマンの式の側にある。
1周の和で機関を見抜く
例題 1基本申告された機関を調べる
500 Kの熱源から1,000 Jを受け取り、300 Kの熱源へ熱を捨てて1周する機関がある。(1)捨てる熱が500 Jと申告された。クラウジウスの不等式で判定せよ。(2)700 Jならどうか。(3)捨てる熱の下限と、効率の上限を求めよ。
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系が受け取る熱を正とするので、捨てる熱は負で入れる。
(1)次の和は正なので、この機関は作れない。効率50%という申告が高すぎる。
(2)次の和は負なので、不可逆な機関として作れる。効率は30%である。
(3)等号から下限が出る。
効率の上限はで、に等しい。
例題 2大学自由膨張を等温圧縮で戻す
理想気体1 molを、断熱容器の中で真空へ自由膨張させ、体積をからにする。温度は変わらない。次に、温度の熱源に接して可逆に等温圧縮し、体積をに戻す。(1)1周のを求めよ。(2)自由膨張でのエントロピーの変化を求めよ。気体定数はとする。
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(1)自由膨張ではである。等温圧縮では内部エネルギーが変わらないので、気体が受け取る熱は気体がする仕事に等しい。圧縮なので、どちらも負になる。
負なので、この1周は不可逆である。
(2)手順11の可逆な道は、等温圧縮を逆にたどる等温膨張である。
熱は1 Jも入っていないが、エントロピーは増えた。手順14の右辺が0で、左辺が正の例である。
例題 3大学水を1段で温める、2段で温める
20 °Cの水1 kgを80 °Cまで温める。比熱はで一定とし、20 °Cを293 K、50 °Cを323 K、80 °Cを353 Kとする。(1)水のエントロピーの変化を求めよ。(2)353 Kの熱源1つで温めるときのを求めよ。(3)323 Kの熱源で50 °Cまで温め、次に353 Kの熱源で温めるときはどうか。
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(1)可逆な道を、温度を少しずつ上げる熱源の列で作る。
(2)熱源の温度は353 Kのままである。
(1)より約68 J/K小さく、手順14は不等号で成り立つ。
(3)2回に分けて足す。
差は35 J/Kに縮む。温度を細かく刻むほど差は小さくなり、60段では約1.2 J/Kになる。等号は、熱源と水の温度差が0に近づく極限で成り立つ。
参考文献
- R. Clausius, "Ueber verschiedene für die Anwendung bequeme Formen der Hauptgleichungen der mechanischen Wärmetheorie", Annalen der Physik und Chemie 125, 353-400(1865)。356-357ページの式(II)と注、390ページの式(64)とエントロピーの命名
- R. Clausius, "Ueber eine veränderte Form des zweiten Hauptsatzes der mechanischen Wärmetheorie", Annalen der Physik und Chemie 93, 481-506(1854)(位置づけと符号は1の注による)
- 北海道大学「物理学II(熱力学)第7回 エントロピー」(2004)
- 京都大学 全学共通科目「熱力学」シラバス(2026年度前期・主として1回生)