2〜3%に収まった足し算
分子をばらばらの原子からつくるときのエネルギーは、結合1本ごとに決まった値を足し合わせれば、ほぼ言い当てられる。1932年、カリフォルニア工科大学のライナス・ポーリングは、連作「化学結合の本性」の第4報「単結合のエネルギーと原子の相対的な電気陰性度」の冒頭にそう書いた。1つの電子式(ルイス構造)で書ける分子なら、結合のエネルギーが分子によって変わる幅は、2〜3%を超えることがまれだという。
ポーリングは続けて、気体の分子の生成熱と燃焼熱のデータから、いろいろな結合のエネルギーを求められると述べた。論文は1932年5月に受け付けられ、9月にアメリカ化学会誌に載った。計算に使う結合エネルギーの表も、同じ考えで、米国国立標準技術研究所(NIST)が公開する気体の生成エンタルピーから出せる。表を逆向きに使えば、測っていない反応のΔHが見積もれる。
切る結合とつくる結合を数える
高校の化学では、反応エンタルピーとヘスの法則を学ぶときに、反応のΔHと結合エネルギーの関係にも触れる。
この計算の道すじ。 記号と表の読み方を決め、原子の段を通る道で公式の意味をつかむ。水素が燃える反応で、結合を係数の数だけ数えて1行ずつ計算する(手順1〜7)。最後に、表の値が平均であることと、気体どうしの反応にしか使えないことを確かめる。
記号Δ(デルタ)は差を表す。は、反応のあとの物質がもつエンタルピー(たくわえているエネルギーの量)から、反応の前の物質がもつエンタルピーを引いた差で、圧力が一定なら反応で出入りする熱になる。負なら熱が出る反応(発熱)、正なら熱を吸う反応(吸熱)だ。決め方と測り方は反応エンタルピーで読める。
結合エネルギーとは、気体の分子で結合を1 mol切り、ばらばらの気体の原子にするのに要るエネルギーをいう。単位はkJ/molだ。(シグマ)は「全部足す」の記号で、公式のは、切れる結合やできる結合の結合エネルギーを1本残らず足すことを表す。
この公式は、原子の段を通る道を式にしたものである。始めと終わりの物質が同じなら、途中の道をどう選んでも出入りするエネルギーの合計は同じになる(ヘスの法則)。だから、まっすぐ反応したときのΔHは、上る分(切れる結合の和)から下りる分(できる結合の和)を引いた値に等しい。
計算には次の表の値を使う。
| 結合 | 結合エネルギー(kJ/mol) | 値を求めた分子 |
|---|---|---|
| H−H | 436.0 | H₂ |
| O=O | 498.4 | O₂ |
| N≡N | 945.4 | N₂ |
| O−H | 463.5 | H₂O(2本の平均) |
| N−H | 390.9 | NH₃(3本の平均) |
| C−H | 415.9 | CH₄(4本の平均) |
| C=O | 804.3 | CO₂(2本の平均) |
表の値は、NISTが公開する気体の生成エンタルピー(25 °C)から求め、小数第1位に丸めた。生成エンタルピーは、単体から物質1 molをつくるときのΔHだ。たとえば水素原子は218.0 kJ/molなので、H₂ 1 molを原子2 molに分けるH−Hは、その2倍の436.0になる。
三重結合のN≡Nの945.4がいちばん大きく、切るのにもっとも多くのエネルギーが要る。
では、水素が燃えて水蒸気になる反応のΔHを求めてみる。反応式の係数は反応する分子の物質量(mol)を表す。なら水素分子が2 mol反応するので、H−H結合も2 mol切れる。
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反応式を書き、すべて気体であることを確かめる
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切れる結合を、係数の数だけ数える
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切れる結合の結合エネルギーを足す
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できる結合を数える(水1分子にO−Hが2本)
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できる結合の結合エネルギーを足す
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公式に入れる
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引き算をする
手順6でできる結合の和を引くのは、原子がつながって下りる分が発熱だからである。切る分の1370.4 kJより、つくる分の1854.0 kJが大きいので、差し引き483.6 kJの発熱だ。整数に丸めた表(H−H 436、O=O 498、O−H 463)で計算すると−482 kJになる。1.6 kJの違いは、丸め方の差にすぎない。
係数の倍率を2にすると、切る本数もつくる本数も2倍になり、ΔHも2倍の−967.2 kJ。0.5にすると、水1 molができる反応になる。反応を替えても、上りの和から下りの和を引く手順は変わらない。
水1 molあたりでは kJで、NISTが示す水蒸気の生成エンタルピー−241.826 kJ/molと合う。ただ、ぴったり合うのには理由がある。表のO−Hの値を、この水の生成エンタルピーから求めたからだ。
つまり、表に載せたO−Hの463.5は2本の平均にすぎない。水の中でも、1本目を切るのに498.8 kJ/mol、2本目には428.2 kJ/molが要り、70 kJ/molも違う。どちらもNISTのOHの生成エンタルピーから出る値で、別の分子に含まれるO−Hなら、また少し違う値になる。表の値で別の分子の反応を計算すると、出るΔHは見積もりの値でしかない。
ポーリングの言う2〜3%は、結合1本の値が分子ごとにぶれる幅だ。ΔHは大きな数どうしの差なので、ずれの割合はもっと大きくなる。手順3の1370.4 kJが2%ずれると27.4 kJで、ΔHの483.6 kJの6%近くにあたる。
もう1つの約束は、反応物も生成物もすべて気体であることだ。結合エネルギーは気体の分子と気体の原子のあいだの値なので、液体ができる反応には、そのままでは使えない。水蒸気が液体の水になるときには、1 molあたり44.0 kJの熱がさらに出る。NISTの値で比べると、液体の水の生成エンタルピーは−285.830 kJ/molで、水蒸気との差は kJ/molである。
燃料1 gの熱を見積もる
水素とメタンでは、同じ1 gを燃やしたときに、どちらがたくさん熱を出すのか。結合エネルギーの表があれば、熱量計を使わずに見積もれる。メタンは天然ガスの主な成分で、燃えると二酸化炭素と水ができる。水は気体のままとして計算に入れた。
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メタンが燃える反応式を書く
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切れるC−H 4 molとO=O 2 molを足す
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できるC=O 2 molとO−H 4 molを足す
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切れる結合の和から、できる結合の和を引く
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メタン1 molは16 gなので、16で割って1 gあたりの熱にする
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水素は483.6 kJが2 mol(4.0 g)分なので、4.0で割る
1 gあたりで比べると、水素の熱はメタンの約2.4倍。1分子が燃えて出す熱はメタンが水素の約3.3倍だが、1 gに入る分子の数は水素がメタンの8倍あり、数の差がそれを上回る。原子量はH = 1.0、C = 12として計算した。
見積もりは実測とどこまで合うのか。NISTには、1972年にピッタムとピルチャーが測ったメタンの燃焼エンタルピー、−890.7 kJ/molが載っている。測ったときにできる水は液体なので、気体の水で出した−802.2 kJに、水2 molが液体になる分の−88.0 kJを足すと−890.2 kJ。実測との差は0.5 kJにとどまる。
もっとも、ここまで合うのは、C−H、C=O、O−Hの値を、メタン、二酸化炭素、水そのものから求めたからだ。ほかの分子の反応に表の値を使えば、ずれはもっと大きくなりうる。
表の値で解く例題
結合エネルギーは、本文の表の値を使う。物質はとくに断らない限り気体とする。
例題 1基本アンモニアができる反応
の反応エンタルピーを求めよ。また、アンモニア1 molあたりの値を答えよ。
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切れる結合はN≡Nが1 molとH−Hが3 mol、できる結合はアンモニア1分子にN−Hが3本あるので、2分子で6 molである。
アンモニア1 molあたりは、2で割って−46.0 kJである。
例題 2基本アンモニアを燃やす
の反応エンタルピーを求めよ(水は気体)。
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切れる結合は、アンモニア4分子のN−Hが molと、O=Oが3 molである。
できる結合は、N≡Nが2 molと、水6分子のO−Hが molである。
例題 3入試結合エネルギーを逆に求める
の反応エンタルピーは−546.6 kJである。F−Fの結合エネルギーを158.8 kJ/molとして、H−Fの結合エネルギーを求めよ。
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H−Fの結合エネルギーを kJ/molとおく。切れる結合はH−HとF−Fが1 molずつ、できる結合はH−Fが2 molなので、公式は次の形になる。
かっこの中を計算すると。両辺にと546.6を足すとで、両辺を2で割る。
NISTのフッ化水素とフッ素原子、水素原子の生成エンタルピーから求めた値も570.7 kJ/molになる。
例題 4入試液体の水ができる反応
の反応エンタルピーを求めよ。水蒸気1 molが液体になるときのΔHを−44.0 kJとする。
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結合エネルギーで計算できるのは、水が気体のときまでである。本文の手順7から、気体の水2 molができるまでは−483.6 kJ。そこから水2 molが液体になる分を足す。
NISTの液体の水の生成エンタルピー−285.830 kJ/molの2倍、−571.66 kJとほぼ同じ値になる。
参考文献
- 文部科学省『高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 理科編 理数編』(2018)、第1部 第2章 第5節「化学」3(2)ア(ア)㋐ 化学反応と熱・光、103ページ
- L. Pauling, "The Nature of the Chemical Bond. IV. The Energy of Single Bonds and the Relative Electronegativity of Atoms", Journal of the American Chemical Society 54 (1932), 3570-3582。抜き刷りの画像はOregon State University「Linus Pauling and The Nature of the Chemical Bond: A Documentary History」
- NIST Chemistry WebBook, SRD 69「Hydrogen, atomic」「Oxygen, atomic」「Nitrogen, atomic」「Carbon」「Fluorine, atomic」
- NIST Chemistry WebBook, SRD 69「Water」(液体)「Ammonia」「Methane」「Carbon dioxide」「hydrogen fluoride」「Hydroxyl radical」。メタンの燃焼の測定はD. A. Pittam, G. Pilcher, J. Chem. Soc., Faraday Trans. 1 68 (1972), 2224-2229