35.46の線は写らなかった
35.45。塩素の原子量だが、質量がこの値の塩素原子は1個もない。天然の塩素には質量数が35と37の2種類の原子が混ざっていて、原子量はその平均にあたる。質量数は原子核にある陽子と中性子を数えた個数で、必ず整数になる。
この食い違いを写真で見せたのがフランシス・アストンである。質量分析器に塩素を入れると、線は整数の位置に現れ、当時の原子量35.46の位置には何も写らなかった。1922年のノーベル賞の講演でアストンは、「35.46の線はまったく見当たらない」と語り、水素を除けば原子の重さはどれも1,000分の1ほどの精度で整数になると述べている。
ただ、その整数が何を数えているのかは、まだはっきりしなかった。当時は、原子核を陽子と電子でできたものと考えるしかなかったからだ。1932年にジェームズ・チャドウィックが中性子を見つけると、見方が変わる。1935年の講演でチャドウィックは、質量数、電荷の原子核について、中性子と陽子の数の和が、陽子の数がになると書いた。今の公式と同じ形である。
数える質量数、平均する原子量
は原子番号で、陽子の数を表す。は中性子の数である。元素の記号の左上に質量数、左下に原子番号を書くと、のようになる。
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原子核の粒子を陽子と中性子に分けて足す
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中性子の数を求める形に移項する
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の値を代入する
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の値を代入する
このように陽子の数が同じで中性子の数が違う原子を、同位体という。電子はに入らない。中性の原子には電子も個あるが、1個の質量は陽子の約1,840分の1しかないからだ。
では、35.45はどこから出てくるのか。同位体ごとの相対質量を、存在する割合で平均する。
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相対質量に存在比を掛けて足す
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掛け算を実行して足す
質量数、相対質量、原子量の3つは、言葉が似ていて取り違えやすい。
| 量 | 表すもの | ³⁵Clでは | 塩素全体では |
|---|---|---|---|
| 質量数 | 陽子と中性子の個数の和 | 35 | 決まらない |
| 相対質量 | ¹²Cを12としたときの原子1個の質量 | 34.97 | 決まらない |
| 原子量 | 同位体の相対質量を存在比で平均した値 | 使わない | 35.45 |
違いは表の右の2列に出る。質量数は原子1個について決まるので、「塩素の質量数」は同位体を指定しないと答えられない。逆に原子量は元素全体の平均で、1個の原子には当てはめられない。
質量数と相対質量も同じではない。ちょうど12になるのは基準の¹²Cだけで、³⁵Clは35より0.03ほど小さい。陽子と中性子の質量がわずかに違ううえ、原子核として結びつくと質量が減るからだ。その差は、物理で習う質量とエネルギーの等価性で計算できる。もっとも、手順5で相対質量の代わりに質量数を使っても35.48になり、35.5と見てよい精度なら困らない。
カリウムより重いアルゴン
周期表では、原子番号18のアルゴンが19のカリウムの前に並ぶ。ところが原子量はアルゴンが39.95、カリウムが39.10で、順序が逆になっている。
この逆転は、質量数を見ると解ける。空気中のアルゴンはほとんどがArで、中性子を22個持つ。一方、カリウムの約93%を占めるKの中性子は20個しかない。陽子が1個少ないアルゴンのほうが、中性子を2個多く持っているのだ。元素の性質を決めるのは陽子の数なので、周期表は原子量ではなく原子番号の順に並ぶ。
しかもArには、カリウムから生まれたものがある。ごくわずかに含まれるKは半減期約12.5億年で崩壊し、ArやCaに変わる。Kの陽子は19個、中性子は21個で、Arでは18個と22個になる。が1減ってが1増えるので、は40のまま動かない。半減期から残る量を求める計算は、物理で習う放射性崩壊で手を動かせる。
から陽子の数を見積もることもできる。軽い原子核では陽子と中性子の数が近く、HeもCもOもである。ただし重い原子核は違う。Uは、で、中性子が陽子の約1.6倍ある。チャドウィックも講演で、重い元素では中性子のほうが多いことに触れている。
粒を数え、平均を逆算する
例題 1基本イオンの粒子を数える
とについて、陽子、中性子、電子の数をそれぞれ求めよ。
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イオンになっても原子核は変わらないので、中性子の数はで出せる。
は、陽子11個、中性子個である。電子を1個失っているので、電子は10個になる。
は、陽子17個、中性子個である。電子を1個受け取っているので、電子は18個になる。
例題 2基本銅の原子量を求める
天然の銅は、相対質量62.93のCuが69.15%、相対質量64.93のCuが30.85%を占める。銅の原子量を小数第2位まで求めよ。
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相対質量に存在比を掛けて足す。
銅の原子量は約63.55である。63と65のちょうど真ん中の64より小さいのは、軽いCuのほうが多いからだ。
例題 3入試原子量から存在比を逆算する
天然のホウ素はBとBからなり、原子量は10.81である。Bの相対質量を10.01、Bの相対質量を11.01とする。(1)Bの存在比を百分率で求めよ。(2)BとBの中性子の数を求めよ。
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(1)Bの存在比をとすると、Bはである。
かっこを外してについてまとめる。
存在比は20%である。
(2)ホウ素の原子番号は5なので、個と、個になる。
例題 4入試臭素分子の線は何本か
天然の臭素はBrとBrがほぼ1:1の割合で存在する。(1)臭素分子Br₂で、質量数の和が異なるものは何種類あるか。それぞれの質量数の和を答えよ。(2)それらの分子の数の比を求めよ。
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(1)2個の原子の組合せは次の3種類で、質量数の和は158、160、162になる。
(2)1個目と2個目の原子は、それぞれの確率でBrかBrになる。BrとBrを1個ずつ持つ分子だけは、順序の違う2通りがある。
質量分析では、3本の線が1:2:1の強さで並ぶ。
中性子を数え、線の強さを読む
- 2025年 大学入学共通テスト 本試験 化学基礎 第1問 問1:Oと同じ数の中性子をもつ原子を、N、O、F、Neから選ぶ。をそれぞれに使う。出典は大学入試センター「令和7年度 本試験の問題」。
- 2024年 大学入学共通テスト 追試験 化学基礎 第1問 問2:¹H、²H、³Hについて、陽子、中性子、電子の数を述べた文のうち、正しいものの組合せを選ぶ。出典は大学入試センター「令和6年度 追・再試験の問題」。
- 2026年 大学入学共通テスト 本試験 化学基礎 第1問 問2:同位体についての記述から、誤りを含むものを選ぶ。陽子と中性子のどちらの数が違うのかが問われる。出典は大学入試センター「令和8年度 本試験の問題」。
- 2024年 大学入学共通テスト 本試験 化学 第5問 問3:質量分析法の大問。aではおよそ3:1で存在する³⁵Clと³⁷Clから、クロロメタンの質量スペクトルを選ぶ。bでは質量数の和がどれも28の分子について、相対質量のわずかな差からスペクトルの線を見分ける。出典は大学入試センター「令和6年度 本試験の問題」。
参考文献
- 文部科学省『高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 理科編 理数編』(2018)、第1部 第2章 第4節「化学基礎」3(2)ア(ア)㋐、88-89ページ。同3(3)ア(ア)㋐、92ページ
- F. W. Aston, "Mass Spectra and Isotopes", Nobel Lecture (1922)
- J. Chadwick, "The Neutron and Its Properties", Nobel Lecture (1935)
- Commission on Isotopic Abundances and Atomic Weights, "Chlorine", "Argon", "Potassium", "Copper"。塩素の存在比は、示された区間の中央の値
- F. G. Kondev, M. Wang, W. J. Huang, S. Naimi, G. Audi, "The NUBASE2020 evaluation of nuclear physics properties", Chinese Physics C 45 (2021), 030001(Kの半減期)
- National Institute of Standards and Technology, "CODATA Value: proton-electron mass ratio"
- 大学入試センター「令和6年度 大学入学共通テスト 本試験 化学」「令和6年度 大学入学共通テスト 追・再試験 化学基礎」「令和7年度 大学入学共通テスト 本試験 化学基礎」「令和8年度 大学入学共通テスト 本試験 化学基礎」