ビュフォンの針

Buffon's needle

3408 回投げて、π が小数 6 桁まで合った。出来すぎた記録である。

間隔 d の平行線の上に長さ l の針を落とすと、線と交わる確率は 2l/(πd)。偶然から円周率を測る、モンテカルロ法の原点。

年代
1733〜1777年
人物
ビュフォン、ピエール=シモン・ラプラス、ジョゼフ=エミール・バルビエ、マリオ・ラッツァリーニ、スタニスワフ・ウラム
逸話

出来すぎた実験

1901 年、イタリアの数学者マリオ・ラッツァリーニは、ビュフォンの針の実験の結果を発表した。長さ 2.5 cm の針を、間隔 3 cm の平行線の上に 3408 回落とし、1808 回、線と交わったという。下の式を について解くと、

となる。本当の値 と、小数第 6 位まで一致する。

この値は分数 そのものである。、 だから、約分すると になる。5 世紀の中国の祖沖之が見つけた、分母が小さい割にとてもよく合う円周率の近似分数である。

3408 回の実験なら、ふつうは ほどずれる。半世紀前の 1850 年、スイスのルドルフ・ヴォルフが 5000 回投げたときは、 だったと伝えられる。小数第 1 位までしか合っていない。

1994 年、アメリカのリー・バジャーは、ラッツァリーニの報告を細かく調べた。213 回ずつ投げ、交わった回数がちょうど 113 の倍数になった所で実験をやめれば、 が出る。正直に決めた回数の実験でこれほど合う見込みは、極めて小さい。バジャーは、ラッツァリーニが途方もなく運が良かったのでなければ、都合のよい所で止めたか数字を作ったと考えるのが自然だ、と論じた。

偶然を使う計算は、偶然を使うからこそ、結果が「合いすぎる」ことでも疑われる。

起源

ビュフォン伯ジョルジュ=ルイ・ルクレールは、フランスの博物学者である。王立植物園の園長を務め、1749 年から刊行が始まった『博物誌』を、生きているうちに 36 巻まで書き進めた。若いころは数学にも打ち込んだ。

1733 年、まだ 20 代のビュフォンはパリの王立科学アカデミーで、当時の遊び「フラン・カロー」を論じた。正方形のタイルを敷いた床に硬貨を投げ、硬貨が 1 枚のタイルの中に収まるか、継ぎ目にかかるかに賭ける。どちらに賭けるのが得かを、硬貨の中心が落ちうる場所の面積の比で計算した。それまでの確率の計算は、さいころやカードのように、数えられる場合を数えるものだった。ビュフォンは、連続した位置の中から 1 点が選ばれる場合に、面積を使って確率を求めた。幾何学的確率の始まりである。

床板の継ぎ目に針を落とす問題と、その答え は、1777 年の『道徳算術試論』(『博物誌』の補遺の第 4 巻)に載った。ラプラスは 1812 年の『確率の解析的理論』で、平行線を碁盤の目に広げた場合を解き、針を投げて を求められることに触れた。

1860 年、フランスのバルビエは、針がまっすぐでなくても、曲がった針が線と交わる回数の平均は ( は針の長さ)になることを示した。この考えはのちに、図形の長さや面積を「でたらめに引いた線との交わり」で測る積分幾何学に育った。

証明

平行線の間隔を 、針の長さを とする。針の中心から最も近い線までの距離を 、針と線のなす鋭い方の角を とする。でたらめに落とすとは、 が から のどこにでも、 が から のどこにでも、同じ確からしさで、互いに独立に決まることである。

  1. は、横 ・縦 の長方形の中に一様に散らばる。確率の密度は面積の逆数である。

  2. 針の端は、中心から線に垂直な向きに だけ離れている。針が線と交わるのは、それが 以上のときである。

  3. 交わる確率は、長方形のうち手順 2 を満たす部分の面積に、密度を掛けたものである。

  4. 内側の積分は になる。

  5. なので、

  6. 本落として 本が交わったなら、 と置いて について解く。

バルビエの考え方を使うと、積分なしで同じ答えが出る。交わる回数の平均は針の長さに比例する(針を短い部分に分ければ、それぞれの平均を足すだけだから)。曲がった針でも同じである。そこで、直径 の円の形の針を考える。これはどう落としても、ちょうど 2 回、線と交わる。円周は だから、長さ あたりの平均の交わりは になる。 のまっすぐな針は、交わっても 1 回なので、平均の回数がそのまま確率になる。針が間隔より長い()と、交わる回数の平均は のままだが、1 本の針が 2 本以上の線と交わることがあるので、交わる確率はそれより小さくなる。シミュレーションで を 1 までにしているのはこのためである。

応用

床で π を測る。 針の長さを線の間隔と同じにすると になる。1000 本落として 637 本が交わったら、 である。偶然のばらつきは本数の平方根に反比例して小さくなる。ずれを半分にするには、4 倍の本数が要る。

何本投げればよいか。 のとき、 本で求めた の推定値のばらつき(標準偏差)は、およそ である。小数第 2 位まで、つまり の範囲に収めたいなら、 で約 23 万本が要る。ラッツァリーニの 3408 本は、その約 66 分の 1 にすぎない。

モンテカルロ法。 乱数をたくさん使って、答えを確率の平均として求める計算法の総称である。第 2 次世界大戦の直後、ロス・アラモスでウラムとフォン・ノイマンが、中性子が物質の中をどう広がるかの計算に使い始めた。ウラムは、病気の療養中にトランプの一人遊びが成功する確率を考えていて、実際に何百回も並べて数える方が早いと気づいた、と後に語っている。1949 年にメトロポリスとウラムが論文で「モンテカルロ法」という名前を広めた。ビュフォンの針は、この考え方のいちばん古い例としてよく挙げられる。

根の長さを測る。 1966 年、イギリスの生態学者ニューマンは、皿に広げた植物の根に、でたらめな向きの線を重ね、根と線が交わる数を数えて根の全長を求める方法を発表した。曲がった針の場合の公式を逆に使ったものである。何メートルもある細い根を、1 本ずつ物差しで測る必要がなくなった。

図示

左は平行線と針。中心から最も近い線までの距離 x と、線との角 θ で針の位置が決まる。右は θ と x の長方形で、正弦曲線の下の部分が「交わる」場合にあたる。その面積の割合が確率 2l/(πd) である。

右の図の曲線は である。曲線の下の面積は 、長方形の面積は で、比は になる。 が出てくるのは、角度 が から まで、つまり円の 4 分の 1 を動くからである。

シミュレーション

針が次々に落ちてくる。線と交わった針は太く、交わらなかった針は細く描かれる。右のグラフは、そこまでの本数から計算した の推定値で、本数が増えるとゆっくり の線に近づく。針の長さ を変えると交わる割合は変わるが、推定値が近づく先は同じ である。

広がる学問

  • 情報科学 乱数で答えを近似するモンテカルロ法は、積分の計算、囲碁や将棋の AI の探索、金融商品の値付け、コンピュータグラフィックスの光の計算にまで使われる。
  • 物理学 中性子や光子が物質の中で散らばる様子、原子が並ぶ固体の性質などを、乱数で 1 つずつ追いかけて計算する。1953 年のメトロポリスらの方法は、統計力学の計算の標準になった。
  • 生物学 根や血管、神経の長さを、でたらめな線との交わりの数から求める。顕微鏡の断面から立体の量を推し量る方法(立体解析学)は、医学の病理の研究でも使われる。

参考文献

  1. G.-L. Leclerc, Comte de Buffon, "Essai d'arithmétique morale", Supplément à l'Histoire naturelle, vol. 4 (Paris, 1777).
  2. P.-S. Laplace, Théorie analytique des probabilités (Paris, 1812).
  3. J.-É. Barbier, "Note sur le problème de l'aiguille et le jeu du joint couvert", Journal de mathématiques pures et appliquées (2) 5 (1860), 273-286.
  4. Lee Badger, "Lazzarini's Lucky Approximation of π", Mathematics Magazine 67 (1994), 83-91.
  5. N. Metropolis and S. Ulam, "The Monte Carlo Method", Journal of the American Statistical Association 44 (1949), 335-341.
  6. E. I. Newman, "A Method of Estimating the Total Length of Root in a Sample", Journal of Applied Ecology 3 (1966), 139-145.

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