拡散モデル

Diffusion model

最初の絵は、目を細めるとトラックに見えた。

データに少しずつノイズを足す 1 歩の式。この過程を逆にたどることを学ばせると、ノイズから画像が作れる。画像を作る AI の土台になった。

年代
2015年(考案)・2020年(DDPM)
人物
ヤッシャ・ソール=ディクスタイン、エリック・ワイス、ニル・マヘスワラナタン、スーリヤ・ガングリ、ジョナサン・ホー、アジェイ・ジェイン、ピーター・アビール、ヤン・ソン、ステファノ・エルモン、クリストファー・ジャルジンスキー、ブライアン・アンダーソン
逸話

トラックに見えた色のかたまり

敵対的生成ネットワーク(GAN)が考案された 2014 年ごろ、ヤッシャ・ソール=ディクスタインは、スタンフォード大学の博士研究員として、データに似た新しい例を作り出す「生成モデル」を研究していた。科学記者アニル・アナンサスワーミーが 2023 年 1 月に『クォンタ・マガジン』に書いた記事によれば、本業のかたわらで関心を寄せていたのが、平衡から外れた系の熱力学だった。

記事は、水に落とした青いインクの 1 滴を例に挙げる。はじめは 1 か所に濃いかたまりができ、やがて全体に薄く広がる。ソール=ディクスタインが考えたのは、画像をこのインクのように少しずつノイズで崩し、その逆向きの 1 段 1 段をニューラルネットワークに学ばせることだった。本人はこう話す。「変換を重ねると、データの分布はとてもゆっくりと、ただの大きなノイズの玉になる」。

最初に出てきた画像を、彼はこう振り返る。「目を細めて、この色のかたまりはトラックに見える、と言う感じだった」。2015 年に論文は出たが、画質でも速さでも GAN には遠く及ばなかった。「当時、これが心躍るものと見られていたとは思わない」。

2019 年、スタンフォード大学の大学院生ヤン・ソンは、指導教員のステファノ・エルモンと、ノイズを取り除きながら画像を作る別の方法を発表した。ソンは「拡散モデルのことはまったく知らなかった」と言う。論文が出たあと、ソール=ディクスタインからメールが届いた。2 つの方法には、とても強いつながりがある、という知らせだった。

カリフォルニア大学バークレー校で博士号を得たばかりのジョナサン・ホーは、生成モデルを「機械学習のなかで、数学として最も美しい分野」と考えていた。2020 年、ホーは拡散モデルにソンの考えなどを取り入れ、画質を上げることに集中した。「当時の自分にできる、いちばん大事なことだと確信していた」。

起源

熱力学から借りた考え

2015 年 3 月、スタンフォード大学のソール=ディクスタイン、ニル・マヘスワラナタン、スーリヤ・ガングリと、カリフォルニア大学バークレー校のエリック・ワイスは、論文「非平衡熱力学を使った深層の教師なし学習」を arXiv に出し、7 月の国際会議 ICML で発表した。要旨はこう書く。「非平衡の統計物理に着想を得た基本の考えは、くり返しの前向きの拡散過程で、データの分布の構造を系統的に、ゆっくり壊すことである。次に、データの構造を取り戻す逆向きの拡散過程を学ぶ」。

前向きの 1 歩が、この記事の式である。 を 倍に縮め、分散 の正規分布のノイズを足す。 は、1 歩で足すノイズの量を決める小さな数である。

論文は、1 つの分布を少しずつ別の分布へ変えるマルコフ連鎖の考えを、非平衡の統計物理と逐次モンテカルロ法から挙げた。1997 年、クリストファー・ジャルジンスキーは、系を有限の時間で動かしたときの仕事 を何度も測ると、平衡の自由エネルギーの差 が次の平均から求まることを示した。

論文によれば、この等式は機械学習では、ラドフォード・ニールの「焼きなまし重点サンプリング」として知られる。2015 年の論文はこれにならい、前向きと逆向きの道筋の確率の比を平均して、モデルの確率を求めた。

逆向きが学べる理由として、論文はウィリアム・フェラーの 1949 年の論文を引く。1 歩の拡散が十分に小さければ、逆向きの 1 歩も正規分布になり、学ぶのはその平均と分散だけでよい。論文は 2 次元の渦巻きの点の集まりを 40 段で、画像の多くを 1000 段で扱った。

2020 年 6 月、カリフォルニア大学バークレー校のホー、アジェイ・ジェイン、ピーター・アビールは、論文「ノイズ除去拡散確率モデル」(DDPM)を出した。 を から まで 1000 段で等しい幅ずつ増やし、ニューラルネットワークには足したノイズ を当てさせた。損失は、本物と当てたノイズの差の 2 乗である(証明の 12)。論文は、こうすると学習はノイズを取り除いてスコアを推定する方法と、画像の作り方はランジュバン動力学と同じ形になることを示し、主な貢献の 1 つとした。

作った画像と学習用の画像の特徴の分布の違いを測る FID(小さいほど良い)で、DDPM は CIFAR-10 の条件なしの生成で 3.17 となり、論文は当時の最高と書いた。同じ表の条件なしの GAN、StyleGAN2 + ADA は 3.26 である。インセプション・スコア(大きいほど良い)は 9.46 で、StyleGAN2 + ADA の 9.74 には届かない。256×256 画素の LSUN について、要旨は「ProgressiveGAN と同じくらいの画質」と書いた。

2019 年のソンとエルモンの方法は、10 段階のノイズで乱した画像の、密度の対数の勾配 (スコア)を推定し、ランジュバン動力学で画像を作った。2020 年 11 月、ソン、ソール=ディクスタイン、エルモンら 6 人は、2 つの方法を確率微分方程式でまとめた(ICLR 2021)。拡散過程を時間の逆に走らせたものも拡散過程で、その式にはスコアが入る、というブライアン・アンダーソンの 1982 年の結果を使った。

2021 年、OpenAI のプラフラ・ダリワルとアレックス・ニコルは、論文に「拡散モデルは画像の生成で GAN に勝つ」と題した。2022 年には、ミュンヘン大学のロビン・ロンバッハらが、画像を小さな潜在空間に縮めてから拡散させる潜在拡散モデルを発表した。開発元によれば、Stable Diffusion はこれを大きなデータで学習させたものである。同じ年、Google の Imagen の論文も、自らを「文から画像を作る拡散モデル」と書いた。

証明

足し算で崩し、ベイズで戻す

、 とおく。筋は 2020 年の DDPM の論文に沿う。

  1. 記事の式は、縮めてからノイズを足す操作と同じである。各段のノイズ は、互いに独立な標準正規分布に従う。

  2. 2 歩をつなげると、 の係数は掛け算になり、ノイズは 2 つの和になる。

  3. 独立な正規分布の和は、また正規分布で、分散は足し算になる。密度のたたみ込みを平方完成すると、ガウス積分に帰着する。2 つのノイズの分散の和は次のとおりである。

  4. これを 回くり返すと、 から へ一度に飛べる。 は 1 つの標準正規分布のノイズである。

  5. 係数 の役目を見る。 の各成分の分散が 1 なら、 の分散も 1 のままである。

  6. 縮めずにノイズだけを足すと、分散は段ごとに ずつ増え続ける。ブラウン運動で、ずれの 2 乗の平均が時間に比例して増えるのと同じである。

  7. なので、 が大きければ は 0 に近い。データの形は消え、 はほぼ正規分布 に従う。

  8. 逆向きを考える。 も分かっているとして、ベイズの定理で の分布を求める。前向きはマルコフ連鎖なので、 の分布は だけで決まる。

  9. 右辺の 2 つの正規分布の指数を足すと、 の 2 次式になる。 の 2 乗の係数を通分すると、3 と同じ計算で分子に が出る。

  10. 平方完成すると、逆向きの 1 歩も正規分布になる。分散は 9 の逆数で、平均は 1 次の項から決まる。

  11. 4 から を入れると、平均は とノイズ だけで書ける。ノイズさえ当てられれば、1 歩戻れる。

  12. DDPM の学習は、 と からノイズを当てるネットワーク の 2 乗誤差を小さくする。2 乗誤差をいちばん小さくする答えは、条件つきの期待値である。

  13. の密度 を で微分して で割ると、積分は を知ったときの の期待値になる。ツイーディーの公式である。

  14. 4 の 2 行目の、 を知ったときの期待値をとって 13 と比べる。ノイズのいちばんよい推定は、スコアに を掛けたものである。ノイズを当てる学習は、スコアを当てる学習と同じになる。

  15. データが 個の点 だけなら、 はベイズの定理で正確に計算できる。重みは softmax で、その重みで平均をとる形はトランスフォーマーの注意機構と同じである。

13 の式は、1956 年にハーバート・ロビンズが、モーリス・ケネス・ツイーディーとの私信によるとして報告したもので、ブラッドリー・エフロンは 2011 年の論文でこれを「ツイーディーの公式」と呼んで論じた。ソンらの 2021 年の論文も、標本を作る最後の 1 歩にこの式を使っている。12 と 14 が言うのは、最良の答えの性質である。学習したネットワークがそこにどこまで近づくかは、データとネットワークと学習の量による。

応用

1000 段で、形はどれだけ残るか。 DDPM の で を計算すると、 で 0.90、 で 0.50、 で 0.10 を下回る。 のあたりで、元の画像の係数 とノイズの係数 が、どちらも約 0.71 で並ぶ(図示の 2 枚目)。 では で、元の画像の係数は 0.0064 しかない。論文は、 と標準正規分布のずれを 1 次元あたり約 ビットと見積もった。係数 を掛けずにノイズだけを足すと、分散は 、標準偏差は 3.3 まで広がる(証明の 6)。

白か黒かの 1 画素。 データが、−1(黒)と 1(白)を半々にとる 1 つの画素だとする。証明の 15 の点が 2 つの場合で、推定は になる。 が見えたとき、ノイズの少ない なら推定は 0.9998 で、ほぼ白と言い切れる。 では白の重みが 0.80 で、推定は 0.61。 では白の重みは 0.59 しかなく、推定は 0.17 と、2 つの平均の 0 に寄る。 のノイズの推定は である。密度の対数を数値で微分したスコアは −0.139 で、 と証明の 14 に合う。

1 枚に 1000 回の計算。 画像を作るときは、ニューラルネットワークを段の数だけ、1000 回通す。DDPM の論文によれば、TPU v3-8(GPU の V100 の 8 枚ほど)で、32×32 画素の CIFAR-10 の 256 枚に 17 秒、256×256 画素の 128 枚に 300 秒かかった。スタンフォード大学のジアミン・ソンらの DDIM(ICLR 2021)は、途中でノイズを足さない決まった戻し方で、学習はそのままに 10〜50 倍速く画像を作った。潜在拡散モデルで画像を縦横それぞれ 8 分の 1 に縮めると、位置の数は 64 分の 1 になる。

図示

前向きは、丸をなぞる点の集まりを、段ごとに縮めてノイズを足し、正規分布の雲にする。逆向きは、同じ段を 1 歩ずつ戻る。
DDPM の 1000 段で、元の画像の係数 √ᾱₜ(実線)とノイズの係数 √(1−ᾱₜ)(破線)。2 つの 2 乗の和はいつも 1 で、t ≈ 260 でどちらも約 0.71 になって交わる。
白か黒かの 1 画素の分布 pₜ。ᾱₜ = 0.9、0.5、0.1 と進むと、±√ᾱₜ(短い縦線)の 2 つの山は 1 つの正規分布に溶ける。矢印は (1−ᾱₜ)∇log pₜ = √ᾱₜ E[x₀ | xₜ] − xₜ で、山の側を指す。

3 枚目の矢印が、ノイズを取り除く向きである。ノイズが少ないうちは、矢印は近いほうの山へ向かう。ノイズが多いと、矢印はどれも真ん中を指す。どちらの色かを決められず、平均を答えるのがいちばんよいからである。

シミュレーション

点の集まりが β の字をなぞっている。つまみ を右へ動かすと、前向きの式でノイズが足され、形は正規分布の雲に崩れる。左へ戻すと、DDPM か DDIM の逆向きの 1 歩で、ノイズから形が浮かび上がる。逆向きには、ネットワークの代わりに、データの 120 個の点から正確に計算した推定 (証明の 15・丸い印)を使う。これはデータを丸ごと覚えた答えなので、戻った点はデータの点の近くに集まる。2024 年の研究は、学習用の画像が十分に多いと、本物のネットワークは丸覚えにならず、学習用とは異なる画像を作ることを示した。段の数 を 3 や 1 に減らすと 1 歩が大きくなり、点は平均の側へ寄って、形は縮んでぼやける。

広がる学問

  • 情報科学 DDPM のネットワークは、画像を縮めては戻す U-Net で、段の番号 をトランスフォーマーの位置の埋め込みで伝え、16×16 の層に自己注意を入れた。拡散モデルは、音声やグラフ、立体の形の生成にも使われている(ソンら 2021)。
  • 物理学 段を細かくした極限で、前向きの式は確率微分方程式 になる( はウィーナー過程)。ソンらは、データの分散が 1 なら 1 のまま保たれるので、これを分散を保つ方程式と呼んだ。原点へ引き戻す力と揺れがつり合うこの形は、1930 年にウーレンベックとオルンシュタインが「ブラウン運動の理論について」で調べた過程と同じ型である。
  • 数学 ツイーディーの公式は、もとは経験ベイズの道具である。エフロンは、たくさんの推定値のうち大きく出たものほど真の値を上回りやすい「選択の偏り」を、この式で直した。ノイズを取り除いてスコアを推定する方法は、2005 年のアーポ・ヒュヴァリネンのスコアマッチングと、2011 年のパスカル・ヴァンサンの結果に基づく。
  • 美術 2021 年、スタンフォード大学のチェンリン・メンらは、人が色を大まかに塗った絵にほどよい量のノイズを足し、そこから逆向きにたどると、塗った配置を保ったまま写真のような画像になることを示した(SDEdit)。ノイズを多く足すほど写実的になり、元の絵からは離れる。DDPM の論文は、拡散モデルが芸術や写真、音楽の創作に使えるようになるかもしれないと書いていた。

参考文献

  1. J. Sohl-Dickstein, E. A. Weiss, N. Maheswaranathan, S. Ganguli, "Deep Unsupervised Learning using Nonequilibrium Thermodynamics", ICML 2015. arXiv:1503.03585
  2. J. Ho, A. Jain, P. Abbeel, "Denoising Diffusion Probabilistic Models", NeurIPS 2020. arXiv:2006.11239
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  4. B. D. O. Anderson, Stoch. Proc. Appl. 12 (1982), 313-326; W. Feller, Proc. Berkeley Symp. Math. Stat. Prob. (1949); G. E. Uhlenbeck, L. S. Ornstein, Phys. Rev. 36 (1930), 823-841; C. Jarzynski, Phys. Rev. Lett. 78 (1997), 2690-2693; R. M. Neal, Stat. Comput. 11 (2001), 125-139
  5. B. Efron, "Tweedie's Formula and Selection Bias", J. Amer. Statist. Assoc. 106 (2011), 1602-1614; P. Vincent, Neural Comput. 23 (2011), 1661-1674; A. Hyvärinen, J. Mach. Learn. Res. 6 (2005), 695-709
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  7. A. Ananthaswamy, "The Physics Principle That Inspired Modern AI Art", Quanta Magazine, 2023年1月5日

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