100万回掛けても届かない
1.000001を100万回掛けると、2.7182804…になる。
1は何回掛けても1のままだ。ところが、1よりほんの少し大きい数を、その小ささに見合う回数だけ掛けると、値は2を超え、ネイピア数の手前まで来る。回数をどこまでも増やす操作を書く記号がで、その行き先を指すのがlimである。
声に出すなら、「リミット、nが無限大に近づくとき、1プラスn分の1のn乗はeに等しい」。
では、limの下のを1つの数とみて、式に代入したらどうなるのだろうか。底はで1、指数はだから、になる。1を何回掛けても1なら、答えは1のはずだ。実際の行き先はeで、1ではない。
食い違いは、を数として扱ったところから生まれる。は「nに∞という数を入れる」ではなく、「nを限りなく大きくしていく」と読む。しかも、どれだけ大きくしても等号には届かない。100万回では、eとの差はまだ0.0000014ほどある。1億回にして1.00000001を掛け重ねても、0.000000014が残る。等号が言っているのは、この差がどこまでも小さくなるということだけだ。
リミット、エヌが無限大に近づくとき
limは英語のlimitの略で、日本語では「極限」と訳す。∞は英語でinfinity、日本語で無限大。上智大学理工学部の読み方の手引きでは、矢印のは「x tends to y」か「x approaches y」、は「the limit of the function f of x as x goes to [approaches] infinity」と読む。英語は「fの極限」を先に言うが、日本語で意味を言うときは「xが限りなく大きくなるとき」が先に来る。
部品を、数列の形で確かめる。limの下のは、どの文字をどちらへ動かすかの指定だ。右のは、nとともに変わる式。等号の右のを極限値といい、がに近づくことを「収束する」という。
等号の読み方には気をつけたい。福山平成大学の福井正康は講義資料で、の等号について、「0になるではなく、0に限りなく近づくという意味」と念を押している。はどのnでも正で、0にはならない。等しいのは、近づいていく先の値と0である。
等号の右は数のことが多いが、∞が来ることもある。は、が限りなく大きくなる、つまり正の無限大に発散することを表す。九州大学の原隆は講義資料で、このときは収束するとは言わず、「極限が無限大である」などと言う、と区別している。北海道大学の講義資料にも、関数の値そのものについて「決してとは書きません」という注意がある。∞は、limか矢印と組になって初めて意味を持つ記号なのである。
式の6つの部品
並べてみると、limの式で∞が置かれるのは矢印の先と、等号の右の2か所だけだ。どちらも「どこへ向かうか」を書く場所で、足したり掛けたりする場所ではない。
「近づく」を誤差の注文に言い換える
「限りなく近づく」は、どのくらい近いのかを言っていない。原は、この言い方には「限りなく」という感覚的な言葉が入っていて「あやふやだ」と書き、問答の形に置き換える。誤差をどこまで小さくしてほしいかを注文し、何番目から先ならその注文を守れるかを答える問答である。
なら簡単だ。たとえば、0との差を0.001より小さく、と注文されたら、「nが1,001から先なら守れる」と答えればよい。0.000001なら1,000,001から先。注文をどれだけ厳しくしても答えが返ってくるので、極限は0と言える。
冒頭のでも、同じ問答ができる。この数列はnとともに増え続ける(ネイピア数の記事の証明)ので、一度注文の内側に入った項より先は、ずっと内側にとどまる。筆者がPythonの10進演算で、eとの差が注文より小さくなる最初の番号Nを探すと、次のようになった。
| 誤差の注文ε | 番号N |
|---|---|
| 0.1 | 13 |
| 0.01 | 135 |
| 0.001 | 1,359 |
| 0.0001 | 13,591 |
| 0.00001 | 135,914 |
| 0.000001 | 1,359,140 |
注文を10分の1にするたびに、Nはほぼ10倍になる。差がおよそで縮むからで、での差0.001358は、とほとんど変わらない。
この問答を、注文をε(イプシロン)、答えをNと書いて1文にしたものが、大学で習う極限の定義である。どんな正の数εを選んでも番号Nがあって、N以上のすべてのnで次が成り立つとき、と書く。
極限を∞で書くのに、意外にも、その定義には∞が1度も出てこない。εもNも有限の数で、原は、「Nより大きなすべてのn」を考えることで実質的に無限大のnを扱っている、と説明する。∞は、この問答がどこまでも続けられることを1文字に縮めた印と読める。初めて学ぶ人が戸惑うのは、εを先に決めてNをあとから探す、この順番のせいかもしれない。原も、戸惑う理由としてεとNの出てくる順番を挙げている。
帯に入る番号を探す
上は数列の値、下は極限との差で、どちらも横軸のnを1から1億まで対数の目盛りでとり、下は縦も対数にしている。「誤差の注文」を動かすと下の破線が上下し、差が破線を下回る最初の番号Nに縦の線が立って、その先の帯の内側が斜線になる。上のグラフではあたりから点が極限の線に重なって見えるが、下の差は同じ傾きで縮み続ける。数列をやに替えると、同じの形のまま行き先が1やに変わり、グラフを横になぞればnを止めて読める。
∞を数として計算すると
では、∞を数とみなして計算すると、何が起きるのだろうか。同じ形の式から、別々の答えが出てくる。
-
∞ − ∞の形。どちらも、限りなく大きくなる量から、限りなく大きくなる量を引いている。
-
同じ∞ − ∞から、整数でない値も出る。で0.49876、で0.4999875になる。
-
∞/∞の形。分子と分母がそろって大きくなっても、比は決まらない。
-
の形。底が1に近づき、指数が大きくなる。3つ目のは、で約13,781、で約3億になる。
-
対数をとると、行き先は「底が1に近づく速さ」と「指数が大きくなる速さ」の釣り合いで決まることが分かる。が小さいとき、はほぼに等しい。
-
の形。文部科学省の学習指導要領解説では、数学IIIの課題学習の例の発展に、この極限の証明が挙がっている。で0.9931になる。
∞ − ∞、∞/∞、0 × ∞、、のように、形だけでは値が決まらないものを不定形という。東北大学の高橋淳也の講義資料でも、ロピタルの定理は不定形の極限を求めるときの定理という扱いだ。コーネル大学の微積分の授業の手引きでは、のようなべき乗はと書き直し、指数の極限を求める。手順5の対数の計算も、このやり方そのものである。
∞を数の仲間に入れられないのは、なぜか。原は、いちばん大きい数があったとしても、1を足せばもっと大きい数ができるから、そんな数は無いと書く。仮に∞を数としてを認め、両辺から∞を引けば、になってしまう。ふつうの数と同じ引き算の約束を守るなら、∞を数の仲間には入れられない。
0には着かないh
矢印の先は、∞とは限らない。微分の定義のは、ふつうの数0へ近づける形だ。微分積分学の基本定理の証明でも、導関数はこの形の極限で求める。
は、hを0に近づけるが0にはしない、と読む。、なら、分数はで、ならに等しい。を入れるとになり、値が無い。それでも0の近くのhでは値が2にいくらでも近く、極限は2になる。式そのものが意味を失う点の手前から、行き先だけを読む。limの使い道は、ここにある。割線が接線に重なっていく様子は、微分の記号の読み方のシミュレーションで見られる。
近づく向きも読む。は、正の側からも負の側からも近づくことを含む。基本定理の記事の証明でも、で示したあと、でも同じ形になると断ってある。片側だけから近づけるとき、日本では、と書く。福井も講義資料でこの書き方を説明していて、文部科学省の解説にもが出てくる。オハイオ大学のバーサミアンの資料では、英語でを「x approaches c from the left」と読み、右側はleftをrightに替える。
+0は「プラスのゼロ」という数ではなく、近づく向きの印だ。でxを正の側から0に近づけると、yはへ発散する。負の側からだとへ向かう。両側の行き先が食い違うので、は存在しない。
の原点でも、差の比は右からなら1、左からならになる。片側ごとの極限が食い違うので、原点の微分係数は存在しない。
記号に隠れているlim
limと書いていなくても、∞が見えたら、その奥にはlimがある。
等比級数のは、最初のn項の和でとした式を、1行に縮めたものだ。条件のは、が0に近づくかどうかで決まる。ならは0.0000266まで縮み、ならは約13,781に膨らむ。
同じ見方で、も読める。0.9、0.99、0.999と続く数の第n項はで、極限は1だ。「0.999…は1に限りなく近いだけで、1ではない」という反論はもっともらしいが、並んでいく途中の数と、その行き先を取り違えている。「…」が指しているのは行き先で、行き先は1そのものである。この等式がすっきりしないのは、「…」を数の並びと読んでしまうからだろう。文部科学省の解説にも、数学IIIの無限級数の扱いとして、などの等式を「極限の観点から考察する」ことが挙がっている。
ガウス積分の記事の証明にあるも、rに∞を入れてはいない。上端をRとしたで、としている。積分の端のの読み方は、Σと∫の読み方で確かめられる。
素数定理のでは、近づくのが差ではなく比であることに気をつけたい。記号〜は、を縮めて書いたものだ。比はで1.0845、で1.0537と1に寄っていくが、差は6,116から約259万へと400倍以上に開く。何と何が近づくのかは、記号ごとに読み分けるしかない。
ウォリスの1/∞からリーセムの矢印まで
∞の記号は、数として生まれた。1655年、英国のジョン・ウォリスは『円錐曲線論』で、カヴァリエリの不可分の幾何にならい、平面の図形を高さの等しい無限に多くの細い平行四辺形に分けると考え、1つ1つの高さを全体の「」と書いた。すぐ続けて、「∞を無限の数の印とする」と断っている。同じころの『無限算術』では、0の逆数にあたる項を∞とし、「割り算で割る数が0なら、商は無限になるのと同じように」と添えた。ウォリスにとって∞は、割ったり逆数をとったりできる数だった1。
limが現れるのは、それから130年ほどあとだ。1784年、ベルリン・アカデミーは、数学でいう無限の理論を募る懸賞問題を出した。ジュネーブ生まれのシモン・リュイリエは、ポーランドで家庭教師をしながら応募し、賞を得た。リュイリエは、1786年にベルリンで出版されたその論文『高等計算の原理の初等的な解説』の31ページで、ΔPとΔxの比の極限を点付きの略号「lim.」で書き、と同じものを指すと述べている。MacTutorの伝記によれば、両側からの極限を初めて認めたのもリュイリエだった。
1821年、フランスのオーギュスタン=ルイ・コーシーは、『解析教程』の4ページで極限を言葉で定めた。1つの変数に次々と与えた値が、ある決まった値に限りなく近づき、ついには「望むだけ小さく」しか違わなくなるとき、その値をほかのすべての値の極限と呼ぶ。原文の「aussi peu que l'on voudra」には、誤差の注文に通じる響きがある。とはいえ定義は値が動いて近づく姿で語られていて、εとNの問答にはなっていない。問答に近い形は、同じ本の定理の証明に現れる。コーシーは望むだけ小さな数をεと書き、xを十分大きくとれば差がk − εとk + εのあいだに収まる、と論じた。ただ、εを決めたあとのnなどが何によって決まるかまでは明示していなかったと、数学史家のグラビナーは指摘している。
点の無いlimは、ドイツのカール・ワイエルシュトラスが1841年に書いた論文に見える。論文の公刊は1894年の著作集である。1850年代には、limの下にと添えるようになった。矢印で書く今の形は、英国のJ. G. リーセムが1905年の小冊子『物理で使う体積分と面積分』で使ったのが始まりとされる。リーセムは1925年の本の序文で、矢印が別の人の発案と誤って伝わったのは、3年後に出た重要な本が、うっかり断りなく使ったからだと書いている。ミラーの資料によれば、矢印が広まったのは、おそらく1908年に出たブロムウィッチの無限級数の入門書と、G. H. ハーディーの『純粋数学教程』に載ったためだという。
ウォリスがと書いて割り算に使った∞は、リーセムの矢印の先に置かれ、行き先を指す印になった。
計算機に∞を渡すと
nに大きな数を入れて∞の代わりにするやり方は、計算機ではすぐに崩れる。筆者がPython 3.14でをそのまま計算すると、で2.7182820520になった。超えないはずのeを超えていて、少し驚いた。では3.035、ではちょうど1.0になる。倍精度の浮動小数点数ではが1に丸められ、底が1になってしまうからだ。0に近い値で正確になるよう作られたlog1pを使い、math.exp(n * math.log1p(1/n))と書けば、でも2.718281828459045を保つ。上のシミュレーションも、この書き方で値を出している。丸めの仕組みは0.1 + 0.2が0.3にならないのはなぜかで読める。
浮動小数点数には、∞そのものを表す値もある。Pythonではmath.inf - math.infも0 * math.infもnan(数でない値)になり、答えを返さない。ところがは、言語によって答えが割れる。Pythonのmath.pow(1.0, math.inf)は1.0、JavaScriptのMath.pow(1, Infinity)はNaNだ。Pythonの説明書にはIEEE 754の規格にできるだけ従うとあるが、MDNの説明によれば、JavaScriptは昔からの動きを保つために規格と違うNaNを返す。もっとも、どちらの答えも極限を計算した結果ではない。の形の極限は、底と指数がどう動くかを見て、手順5のように求めるしかない。
数式を書くときは、TeXで\lim_{n \to \infty}と打つ。∞は\infty、矢印は\toだ。文中の式では、この記事ののようにが右下に小さく付き、別の行に立てた式ではlimの真下に来るが、意味は同じである。文字として打つなら、∞はU+221E(INFINITY)、→はU+2192(RIGHTWARDS ARROW)を使う。
次の3つは、手元ですぐ確かめられる。
- 電卓かPythonでを、100、1000で計算し、eとの差が0.12、0.013、0.0014と、ほぼで縮むのを見る。
- シミュレーションで数列をに替え、誤差の注文を0.001にする。Nは1,001で、の問答と同じ答えになる。差がほぼだからだ。
- をと書き直し、声に出して読む。
1.000001を100万回掛けた2.7182804…は、eの手前にある1つの数にすぎない。それでも、手前の数をどれだけ細かく注文されても答えを返せることが、と書いてよい理由になる。∞は、その問答が終わらないことを示す印である。
参考文献
- J. Miller, "Earliest Uses of Symbols of Calculus"(Limit、The arrow notation for limits、Infinity、Delta and epsilonの項), MacTutor History of Mathematics, セント・アンドルーズ大学. ウォリス『円錐曲線論』(1655)と『無限算術』、リュイリエの1786年の論文の31ページ、リーセムElements of the Mathematical Theory of Limits(1925)の序文、F. Cajori, A History of Mathematical Notations, Vol. II(1929)の44・255・256ページを引く.
- J. J. O'Connor, E. F. Robertson, "Simon Antoine Jean Lhuilier", MacTutor History of Mathematics.
- "Cauchy's Calculus", MacTutor History of Mathematics(A.-L. Cauchy, Cours d'analyse, 1821の極限の定義の英訳).
- P. Błaszczyk, M. G. Katz, D. Sherry, "Ten misconceptions from the history of analysis and their debunking", arXiv:1202.4153 (2012). Cauchy(1821)の4ページの原文を引く.
- 文部科学省『高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 数学編 理数編』(2018年7月), 数学III「極限」と課題学習の例.
- 原隆「微分積分学・同演習A」講義資料, 1章「極限と連続性」, 九州大学.
- 福井正康「基礎数学B第8回4章 極限」, 福山平成大学.
- 「関数の極限」, 北海道大学の講義資料.
- 上智大学理工学部現代GP推進委員会, "How to Read Figures, Mathematical Expressions and Equations, and Glossary"(2008年2月26日).
- M. Barsamian, "Reference 1: Definition of Limit", オハイオ大学, 2022.
- 高橋淳也「l'Hôpitalの定理とその注意点(解析学A)」, 東北大学. Cornell University, "L'Hôpital's Rule Study Guide".
- Python Software Foundation, "math: Mathematical functions", Python 3 documentation. MDN Web Docs, "Math.pow()".
注
-
ウォリスがなぜこの形を選んだのかについては、ローマで1,000を表した記号から取ったという推測がある。ミラーの資料によれば、カジョリが『数学記号の歴史』第2巻44ページで、ヴァッテンバッハの説として挙げている。 ↩
この読みものの公式
この記事は、人が監修しながらAIを活用して執筆した。執筆・監修: 佐々木 航(株式会社Game)。