80倍の水と、ほぼ真空のヘリウム
1.0000650と80.37。20 °C、1気圧で測った、ヘリウムの気体と水の比誘電率である。アメリカの国立標準局(いまのNIST)が1950年代にまとめた表の値で、ヘリウムは真空との差が10万分の7にも満たないのに、水は真空の80倍にもなる。
この差を分子1個の性質から読み解くのが、クラウジウス・モソッティの式である。森北出版の化学辞典によると、イタリアのオッタヴィアーノ・モソッティが1850年に、ドイツのルドルフ・クラウジウスが1879年に導いた。光の屈折率で同じ形の式を、デンマークの科学者ローレンツ(Ludvig Lorenz)が1869年に、オランダのヘンドリック・ローレンツが1878年に、それぞれ見つけている。
分子のずれを足し合わせる
この計算の道すじ。 記号と単位を読み、分極率と、分子の感じる電場を図でつかむ。次に、球のくぼみの電場を式で出し(手順1〜5)、分極の式に入れて公式を導く(手順6〜18)。最後に、気体と液体の酸素と水の値を入れて、式が合う所と外れる所を確かめる(手順19〜29)。
記号を読む
(イプシロン・アール)は比誘電率で、コンデンサーの極板の間をその物質で満たしたとき、ためられる電気が真空の何倍になるかを表す。単位はなく、真空では1である。は1 m³あたりの分子の数(1/m³)、は真空の誘電率で、約 F/mの定数だ。
(アルファ)は分極率で、分子1個が電場の中でどれだけ電気の偏りを作るかを表し、単位はC·m²/Vになる。をで割ると単位がm³になり、データの表はこの「分極率の体積」で載せることが多い。NISTのデータベースではヘリウムが m³で、1辺 mの立方体の体積にあたる。
図で納得する
電場がかかると、原子の中の電子雲は電場と逆の向きへ、原子核は電場の向きへ、わずかにずれる。+と−が離れた組を電気双極子といい、電荷とずれの積を双極子モーメントと呼ぶ。分極率は電場1 V/mあたりにできるで、となる。
ヘリウムに V/mの電場をかけると、 C·mになる。電子2個ぶんの電荷 Cで割ると、ずれは約 mで、原子の大きさ(約 m)の100万分の1ほどしかない。1 m³あたりの双極子モーメントの和を分極と呼び、である。
では、分子1個が受ける電場は、物質の中で平均した電場と同じなのだろうか。まわりの分子も分極しているので、分子が受けるのは、それらの作る電場も含めた局所電場である。分子のまわりを球の形にくり抜いたくぼみを考えると、くぼみの壁には、まわりの分極が残した電荷が並ぶ。
壁の+は左、−は右に並ぶので、中心の分子にはと同じ向きの電場が加わり、局所電場はになる。くぼみの中の近い分子の電場は、立方体の格子のように並ぶときや、でたらめに並ぶときには打ち消し合うとみなす。この見積もりを、ローレンツの局所電場という。
局所電場は、分子のずれそのものでも強まる。分子がずれると分極が生まれ、分極が局所電場を強め、強まった電場で分子はさらにずれる。
この押し合いを1回ずつ数える。1個の双極子モーメントがなら分極はで、くぼみの電場はだけ強まる。この電場が分子に足す双極子モーメントはで、前の回の倍になる。
足し算が落ち着く先ははじめのずれの倍で、が1に近いほど大きくなり、1以上では落ち着かない。
つまみのを動かすと、実線(局所電場あり)の比誘電率はで増え、0.8を超えたあたりから急に跳ね上がる。読み出しの割り算の左が、右がである。破線(局所電場なし)は外の電場だけで数えたで、が小さいうちは実線と重なる。
式で確かめる
半径の球のくぼみを、の向きを軸にして、軸から角(シータ)の所で細い輪に切り分ける。壁の電荷の面密度(1 m²あたりの電荷)はで、右の壁()で、真横()で0、左の壁でになる。
はのごく小さな増分で、は細い輪の分を全部足す記号である。クーロンの法則では、電荷が距離の所に作る電場の大きさはで、輪はどこも中心からの距離にある。輪が中心に作る電場のうち、軸に直角な向きの分は輪を一周すると打ち消し合い、の向きの成分だけが残る。
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輪の半径は、幅はなので、輪の面積を書く
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輪の電荷は、面密度と面積の積
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中心での電場の、の向きの成分をクーロンの法則で書く。正の電荷が中心に作る電場は輪と反対の向きなので、が付く
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手順2を入れてを約分する
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を0からまで足し、を使う
をで微分するとに戻るので、0からまでの和はになる。壁の電荷が中心に作る電場は、くぼみの大きさによらない。
分極の式から導く
比誘電率は、電束密度がに等しくなるように決めた量である。のを左辺へ移し、でくくるとになる。
一方、分子1個の双極子モーメントは局所電場で決まる。2つのを等しいとおけば、公式が出る。
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分極は、分子の数と1個の双極子モーメントの積
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局所電場に、手順5のを足した形を入れる
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かっこを外す
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とおく
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を左辺へ移してまとめる
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両辺をで割る
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左辺にを入れる
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両辺をで割る
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を入れる
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両辺に1を足し、右辺を1つの分数にする
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両辺にを掛ける
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を含む項を右辺に、残りを左辺に集める
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両辺をで割る
手順14のは、図で納得する節の足し算に、局所電場を入れないときのを掛けた形である。が1に近づくと分母が0に近づき、比誘電率はいくらでも大きくなる。
気体と液体で確かめる
20 °C、1気圧のヘリウムで計算する。気体1 m³の分子の数は、理想気体の状態方程式から、圧力をボルツマン定数( J/K)と絶対温度の積で割って出せる。
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1 m³あたりの分子の数を出す
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分極率を体積の形で書き、の定義に入れる
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を約分する
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手順19のを入れる
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手順14の式に入れる
| 気体 | 分極率の体積 | 式から | 測った値 |
|---|---|---|---|
| ヘリウム | 0.208 | 65.4 | 65.0 |
| アルゴン | 1.664 | 523.4 | 517.2 |
| 窒素 | 1.710 | 537.9 | 548.0 |
表は20 °C、1気圧の値で、単位は分極率の体積が m³、「式から」と「測った値」がのである。3つとも2%以内で合う。空気の主な成分の窒素も入っていて、乾いた空気の測った値はだ。
式は気体でよく合うが、気体ではが1万分の2にも届かない。手順14のと、局所電場を入れないはの割合しか違わないので、アルゴンでも差は1万分の2ほどだ。
局所電場が効いてくるのは、隣の分子がすぐそばにある液体だ。80 Kの液体の酸素は1 m³あたり1190.5 kgで、酸素分子1 molは0.0320 kgである。
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1 m³あたりの分子の数を出す
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手順21の形に、酸素の分極率の体積 m³を入れる
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手順15の式に入れる
測った値は1.507で、差は1%ほどである。局所電場を入れないでは4%低く、気体の分極率から液体の比誘電率を当てるには、くぼみの電場が欠かせない。
水で外れるわけ
20 °Cの水は1 m³あたり998.21 kg、水分子1 molは0.018015 kgで、分子1個の分極率の体積は m³である。
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1 m³あたりの分子の数を出す
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手順21の形でを出す
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手順15の式に入れる
測った80.37とは45倍も違う。水分子は、電場が無くても酸素の側が−、水素の側が+にかたよった双極子で、その大きさは1.857 D( C·m)である。止まった電場の中では、分子そのものが向きを変えてそろうので、電子雲のずれよりはるかに大きな分極が生まれる。
向きがそろう分は、ブリタニカ国際大百科事典によると、の代わりにを使えば入れられる。は分子の双極子モーメント、はボルツマン定数、は絶対温度である。20 °Cの水の値でをで割ると、体積の形で約 m³が加わる。
するとは約4.2と1を超え、図で納得する節の足し算は落ち着かない。手順15に入れてもと、負の比誘電率が出てしまう。向きを変える分子がひしめく水には、ローレンツの局所電場の見積もりが使えないと分かる。
光の曲がり方で分子1個を量る
光の電場には水分子の向きが追いつかず、残るのは電子雲のずれだけだった。光の振動数では、比誘電率は、光が物に斜めに入るときの曲がり方を表す屈折率の2乗に置きかわる(マクスウェルの方程式の)。公式のをにした形が、ローレンツ・ローレンツの式である。
水と水蒸気の性質を定める国際組織IAPWSの式で出すと、20 °C、波長589 nmの水の屈折率は1.3334である。
手順21の形を逆に解くと、分極率の体積は m³で、NISTのデータベースの m³と2%の差で合う。手順29の1.80がに近かったのは、この式が光では成り立つからだ。
IAPWSが1997年に決めた水の屈折率の式は、左辺を密度で割った量を出発点にしている。密度は、1000 kg/m³を1とした数で割る。この量は分子1個の分極率に比例するので、密度が大きく違っても、あまり変わらないはずだ。
0.1 MPaで比べると、0 °Cの水(999.84 kg/m³、)では0.2065、100 °Cの水蒸気(0.58965 kg/m³、)では次のようになる。
密度は1,700倍違うが、密度あたりの値は3%しか違わない。局所電場を入れないを密度で割ると0.781と0.636で、2割以上も違う。水分子1個の電子雲のずれやすさは、液体でも気体でもほぼ同じだと読める。
気体と液体で比誘電率を出す
例題 1基本アルゴンの比誘電率
0 °C、1気圧のアルゴンの比誘電率を、分極率の体積 m³から求めよ。0 °C、1気圧の気体1 m³の分子の数はとする。
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手順21の形に数を入れてを出す。
手順14の式に入れる。
比誘電率は約1.000562である。20 °Cで測ったを、分子の数の比で0 °Cに直すとで、1%ほどの差で合う。
例題 2基本比誘電率から分極率を出す
電場が無いときは双極子をもたない分子でできた液体の比誘電率が2.00で、1 m³あたりの分子の数がだった。分子1個の分極率の体積を求めよ。数は作った例である。
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公式の左辺に比誘電率を入れてを出す。
手順21の形を、分極率の体積について解く。
例題 3大学局所電場を入れない式との差
局所電場を入れたと、入れないの差がになることを示せ。また、液体の酸素ので差を求めよ。
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差をとり、を分母にそろえる。
分子のを展開するとになる。
を入れる。
手順26のからを引いた0.076と合う。差はに比例するので、が10分の1になると100分の1になり、気体ではほとんど効かない。
参考文献
- 森北出版『化学辞典 第2版』「モソッティ-クラウジウスの式」、コトバンク(モソッティの1850年、クラウジウスの1879年)
- Wikipedia "Clausius-Mossotti relation"(モソッティの1850年の論文とクラウジウスの1879年の本の書誌、ローレンツ・ローレンツの式の1869年と1878年、永久双極子をもつ物質には当てはまらないこと)
- 『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』「クラウジウス=モソッティの関係式」、コトバンク(有極性の誘電体ではαの代わりにα+p²/3kTを使う)
- A. A. Maryott, F. Buckley, "Table of Dielectric Constants and Electric Dipole Moments of Substances in the Gaseous State", NBS Circular 537(1953)(20 °C、1気圧の推奨値。ヘリウム65.0、アルゴン517.2、窒素548.0、空気536.4、いずれも×10⁻⁶)
- A. A. Maryott, E. R. Smith, "Table of Dielectric Constants of Pure Liquids", NBS Circular 514(1951)(水は20 °Cで80.37、液体の酸素は80.0 Kで1.507)
- NIST, Computational Chemistry Comparison and Benchmark Database, "Experimental Polarizabilities"(ヘリウム0.208、アルゴン1.664、窒素1.710、酸素1.562、水1.501、単位ų)と"Experimental Dipole Moments"(水1.857 D)
- NIST Chemistry WebBook "Thermophysical Properties of Fluid Systems"(80 Kの液体の酸素1190.5 kg/m³、20 °Cの水998.21 kg/m³、0.1 MPaの水と水蒸気)
- IAPWS R9-97 "Release on the Refractive Index of Ordinary Water Substance as a Function of Wavelength, Temperature and Pressure"(1997)(式の左辺が(n² − 1)/(n² +2)を密度で割った量、表3の屈折率)
- Science Tokyoシラバス「Dielectric Materials Science(MAT.C306)」2023年度(第3回Lorenz field、第5回Clausius-Mossotti relationship)
- 電気通信大学「固体物理学」平成19年度シラバス(3年次、誘電体の回に分極、局所電場、誘電率)