1,000頭か、1,500頭か
ニホンジカを毎年1,000頭捕るか、1,500頭捕るか。環境省が公開している2014年度の特定鳥獣の保護管理の研修資料は、この比べ方を「レスリー行列」で計算してみせる。シカを0歳、1歳、メスの成獣、オスの成獣に分け、生き残る割合と出産の割合から、翌年の頭数を割り出す手順だ。
年齢ごとの頭数を1年ずつ先へ進めるこの計算は、P・H・レスリーの名で呼ばれる。レスリーは1945年、学術誌『バイオメトリカ』に論文「ある種の人口数学での行列の使用について」を載せた。子の数と生き残る割合を1つの行列にまとめておけば、掛け算1回で翌年の年齢の構成が分かる。
年齢で分けて数える考えそのものは、もっと古い。1202年の『算盤の書』のウサギの問題も、生まれたばかりのつがいと親のつがいに分けて数え、1か月ずつ先へ進める。
矢印の図を行列に写す
図で納得する
小さな動物の集団を、0歳、1歳、2歳の3つの年齢に分けて数えてみる。1年たつと、生き残ったものは1つ上の年齢へ移り、どの年齢の親も子を残して0歳を増やす。この「どこからどこへ何匹動くか」を矢印で描いた図が、生活環のグラフだ。
、、は、その年齢の1匹が1年のあいだに残す0歳の子の数(数える時期まで生き残った子の数)だ。は0歳が翌年まで生き残って1歳になる割合、は1歳が2歳になる割合で、0から1の値をとる。ただし2歳から先への矢印は無く、2歳は翌年までにすべていなくなるものとする。
行列は数を四角に並べた表で、横の並びを行、縦の並びを列と呼ぶ。生活環のグラフの矢印を「どの列の年齢から、どの行の年齢へ」のマスに書き写すと、レスリー行列ができあがる。
1行目は子が生まれる道、2行目と3行目は生き残って1つ上へ移る道で、0のマスはその道が無いことを表す。では、行列に縦の並びを掛けるにはどうするか。行ごとに「行の数×並びの数」を順に足していけばよい。
この例では、1歳は1年に3匹、2歳は4.5匹の子を残し、0歳と1歳はそれぞれ半分が翌年まで生き残る。0歳100匹、1歳40匹、2歳20匹から始めて、同じ掛け算をくり返した結果が次の表だ。
前年比は揺れながら1.5に近づき、年齢の割合も落ち着いていく。どこから始めても、やがて同じ倍率と同じ割合に行き着くのが、この計算の面白いところだ。
帯の1本が1年分で、上から斜線の0歳、塗りつぶした1歳、中の抜けた2歳の割合を表す。0歳だけ100匹から始めても、10年ほどで帯の区切りはそろってくる。ところが0歳が生き残る割合を下げていくと、前年比は1を割り、集団は減っていく。
式で確かめる
道すじは2段。3つの年齢の式を書いて行列にまとめ(手順1〜5)、次に、毎年同じ倍率で増える頭数の並びを探して、の式を出す(手順6〜15)。は年の0歳の頭数を表す。
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0歳は、それぞれの年齢の親が残した子の和
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1歳は、去年の0歳のうち生き残ったもの
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2歳は、去年の1歳のうち生き残ったもの
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3つの式を、行列と縦の並びの掛け算にまとめる(並びの右下の添え字が年)
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縦の並びを太字の、行列をと書く
手順1〜3は、各年齢の円に入ってくる矢印を足した式だ。手順4のように並べると、行列の1行が1つの式にあたる。
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どの年齢も毎年倍になる並びを探す
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手順2の左辺をに置きかえ、両辺をで割る(は省く)
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手順3の左辺をに置きかえ、両辺をで割る
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手順7を入れる
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手順1の左辺をに置きかえる
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手順7と手順9を入れる
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両辺にを掛ける
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例の値(、、、)を入れる
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表で前年比が近づいたを入れて確かめる
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手順7と手順9にを入れ、比を9倍して整数にする
実際、9:3:1の並びにを掛けると、全体がちょうど1.5倍になっている。
このを行列の固有値、9:3:1の並びを固有ベクトルと呼ぶ。割合が落ち着いたあとは全体が毎年倍になるので、が1より大きければ集団は増え、1より小さければ減る。
シカの捕獲数と、ウサギのつがい
環境省の研修資料では、ニホンジカを0歳、1歳、メスの成獣、オスの成獣の4つに分ける。出産率には、捕獲したシカを調べて分かる妊娠率を代わりに使う。生き残る割合は捕獲で減る分を除いた値にしておき、捕獲数のほうを毎年変えて計算して、目標を達成できる数を探すのである。
同じ資料は、予測の限界も挙げている。移り住んでくる個体と出ていく個体を考えていないこと、生き残る割合の決め方に作り手の判断が入ること、長い先の予測に向かないことだ。だから数を見張り続け、計画を直していく管理が要る、と結んでいる。
資料の図には餌の条件や密度依存性も書き込まれているが、行列の値を一定にした計算では、頭数が増えて餌が足りなくなる効果は表せない。それを入れると、ロジスティック方程式のように増え方が頭打ちになる。
では、フィボナッチ数列のウサギはどうか。今月生まれた子のつがいを、親のつがいをとして、1か月ずつ進めてみる。
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今月の子は、先月の親が生んだもの
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今月の親は、先月の子が育ったものと、先月の親
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行列で書く
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毎月倍になる並びでは、手順1と手順2の左辺がとになる
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1つ目から出るを、2つ目に入れる
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両辺にを掛ける
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移項したに二次方程式の解の公式を使い、正の解を出す
親のつがいは死なずに親のまま残るので、レスリー行列の最後の段に、そこへとどまる矢印を足した形だ。毎月の増える倍率は黄金比の1.618…で、フィボナッチ数の隣どうしの比が近づく先と同じ答えになっている。
増える倍率を自分で求める
例題 1大学年齢が2つの集団
0歳と1歳の2つの年齢に分けた集団で、とする。0歳10匹、1歳0匹から4年分進め、毎年の倍率と、落ち着いたときの0歳と1歳の比を求めよ。
解説を見る
1行目は、2行目は。
合計は10、15、35、65、135で、前年比は1.5、2.33、1.86、2.08と2に近づく。は、2つの年齢の場合の式から求める。
正の解は。比はから、0歳:1歳 = 4:1。
例題 2大学減り始める生き残りの割合
本文の例(、、、)で、0歳が生き残る割合がいくつより小さいと、集団は減っていくか。小数第2位まで求めよ。
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増えも減りもしない境目は。手順12の式にを入れる。
が大きいほど右辺が大きくなりも大きくなるので、が約0.19より小さいととなり、集団は減っていく。
例題 3大学落ち着いたあとの10年
本文の例で年齢の割合が9:3:1に落ち着いたあと、10年で合計は何倍になるか。整数で答えよ。
解説を見る
毎年倍になるので、10年ではを10回掛ける。
およそ58倍になる。
参考文献
- P. H. Leslie, "On the use of matrices in certain population mathematics", Biometrika 33(3) (1945), 183-212(書誌はCrossrefで確認)
- 環境省「平成26年度 特定鳥獣の保護管理に係る研修会 応用編(ニホンジカ)捕獲目標設定の体験」(自然環境研究センター 岩城光)
- N. Gownaris, "7.3: Leslie Matrix Models", Principles of Ecology(Gettysburg College ES 211, LibreTexts)
- M. Monagan, "Using Leslie matrices as the application of eigenvalues and eigenvectors in a first course in Linear Algebra"(サイモンフレーザー大学)