力の和が0でも回る
力を足して0なら、物は止まったままだろうか。車のハンドルを左へ切るとき、右手は上へ、左手は下へ、ほぼ同じ大きさの力をかけている。向きまで入れて足せば0なのに、ハンドルは回る。
大きさのある物体には、もう1つの条件が要る。1803年に静力学の本を出したフランスのルイ・ポアンソ(1777〜1859)は、剛体にはたらくいくつもの力が、1つの力と1つの偶力にまとめられることを調べ、幾何学的な力学を切り開いた。偶力とは、ハンドルの両手のように、大きさが等しく向きが反対で、同じ直線の上にない2つの力の組である。
動かない、回らないの2つの条件
この計算の道すじ。 力のモーメントの数え方を確かめ(手順1、2)、偶力で条件が2つ要る理由を見る(手順3、4)。力の和が0ならどの点のまわりで数えてもよいことを式で確かめ(手順5〜7)、壁に立てかけたはしごを1行ずつ解く(手順8〜12)。
記号を読む
剛体は、力を受けても形が変わらないとみなす物体である。棒や板、はしごのように大きさがあり、動くだけでなく回ることもある。
は力のモーメントで、物体を回そうとする強さを表す。は力の大きさ(N)、はうでの長さ(m)で、の単位はN·mになる。は「全部足す」という印で、は、はたらく力を向きまで入れて全部足すと0、は、力のモーメントを全部足すと0という意味だ。の矢印は、力が向きをもつ量であることを表す。
1本の棒と支点だけなら、この式はてこの原理そのものになる。てこでは支点が棒を支えてくれるので、ふつうは回らない条件だけを考えれば済んだ。
うでの長さは作用線まで
うでの長さは、軸から力のかかる点までの長さではない。力の矢印をまっすぐ延ばした線を作用線といい、軸から作用線へ下ろした垂線の長さがである。
長さ1.0 mの棒の右端に、10 Nの力を斜めにかける。棒に垂直な8 Nと棒に沿う6 Nに分けられる向き、つまり辺の比が3 : 4 : 5の直角三角形になる向きだ。このとき、軸から作用線までの距離は0.8 mになる。
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作用線までの距離をうでの長さにとる
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棒に垂直な分の8 Nに、棒の長さ1.0 mを掛けても同じになる
棒に沿う6 Nは、作用線が軸Oを通るので棒を回さない。どちらで数えても答えは同じで、問題に合わせて楽なほうを選べばよい。回る向きは反時計回りを+、時計回りを−とし、この8 N·mは反時計回りなので+である。
条件が2つ要るわけ
長さ1.0 mの棒に、左端から0.2 mの所で上向きに10 N、0.8 mの所で下向きに10 Nをかける。ハンドルの両手と同じ偶力だ。
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上向きを+として、力を足す
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左端のまわりのモーメントを足す
力の和が0なので、棒全体はどちらへも動き出さない。ところがモーメントの和は−6 N·mで、棒は時計回りに回り出す。反対に、作用線が棒の真ん中、つまり重心を通る力だけなら、モーメントは0でも、物体は押された向きへ動き出す。
だから止まったままでいるには、2つの条件が両方要る。力の和が0なら動き出さず、モーメントの和が0なら回り出さない。
氷の上に置いた軽い棒を、上から見た図である。両端を図の上向きに10 Nずつ引き、3本目の力を下向きにかける。 Nを真ん中にかけたときだけ、棒は止まったままになる。20 Nのまま位置をずらすと回り出し、真ん中のまま大きさを変えると、回らずに上か下へ動き出す。
どの点のまわりで数えてもよい
では、モーメントの和は、どこを軸にして数えればよいのか。力の和が0なら、どこでもよい。棒に垂直な力が、左端からの位置にかかるとし、軸を左端からの位置にとって確かめる。上向きの力を+とする。
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軸から力までの距離はなので、モーメントの和を書く
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かっこを外し、を含む項を後ろに集める
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力の和が0なら後ろの項が消え、によらない値になる
偶力の棒では、軸が左端でも真ん中でも右端でも、和は−6 N·mになる。力の和が0でない1本だけの力では、軸によって値が変わる。つり合っている物体なら和はどこでも0なので、まだ分からない力が通る点を軸に選び、その力を式から消してよい。
壁に立てかけたはしご
長さ5.0 m、質量20 kgの一様なはしごを、なめらかな鉛直の壁に立てかける。下端は壁から3.0 m離れ、上端は床から4.0 mの高さにある。重力加速度を9.8 m/s²とすると重力は Nで、一様なはしごなので、真ん中の1点にかかるとしてよい(下の「重力は重心に1本」)。
はしごにはたらく力は4つある。真ん中の重力196 N、床が下端を押し上げる垂直抗力、下端が滑らないように床が壁の向きに出す静止摩擦力、壁が上端を押し返す力だ。壁はなめらかなので、は水平である。
下端を軸にとると、の作用線は水平なので、うでの長さは上端の高さ4.0 mになる。重力の作用線は鉛直なので、うでの長さは下端から真ん中までの水平な距離 mだ。は時計回り、重力は反時計回りに回そうとする。
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上下の力のつり合いから、垂直抗力が決まる
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左右の力のつり合いを書く
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下端のまわりのモーメントのつり合いを書く。とは軸を通るので出てこない
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両辺を4.0で割る
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手順9に入れる
上端を軸にとると、今度はが式から消える。のうでは下端までの水平な距離3.0 m、のうでは高さの4.0 m、重力のうでは1.5 mで、だけが反時計回りに回そうとする。と、和はやはり0になる。
はしごが滑らないためには、静止摩擦力が上限のを超えなければよい。は静止摩擦係数で、床とはしごの組み合わせで決まる。からで、これより滑りやすい床では、はしごは滑り出す。
重力は重心に1本
はしごの重力は、本当は全体に散らばってかかっている。5.0 mのはしごを1.0 mずつ5つに分けると、1つあたり Nで、下端から各部分の真ん中までの横の距離は0.3、0.9、1.5、2.1、2.7 mになる。
重さがかかる位置を平均して1点にまとめる式は、重心の位置にある。
これは、196 Nが真ん中の1点に1本かかるとした N·mと同じだ。重力のモーメントを、このように1本の力で置きかえられる点を重心という。三角形の板の重心がどこにあるかは、三角形の重心で読める。
倒れる本棚
幅0.40 m、高さ1.8 m、重さ300 Nの本棚の上の端を、横から押していく。床で滑らないとすると、押す力がある大きさを超えたところで、本棚は押す向きの下の角を軸に傾き始める。重心は真ん中にあるので、重力のうでは幅の半分の0.20 m、押す力のうでは高さの1.8 mだ。
両辺を1.8で割ると Nで、3.4 kgの物にはたらく重力ほどの力で傾き始める。重さの1割ほどで足りるのは、2つのうでの長さが9倍違うからだ。地震のときに家具を横へ振る力は重心にかかるとみなせるので、重い物を下の段に入れて重心を下げると、その力のうでが短くなって倒れにくくなる。
はしごと棒で2つの条件を使う
例題 1基本ハンドルを回す偶力
直径0.40 mのハンドルの両端に、反対向きに15 Nずつの力を、直径に垂直にかける。偶力のモーメントの大きさを求めよ。また、ハンドルの中心のまわりで計算しても同じになることを確かめよ。
解説を見る
片方の手の位置を軸にすると、その手の力はうでの長さが0で、もう一方の力のうでは直径の0.40 mになる。
中心を軸にすると、2つの力のうではどちらも半径の0.20 mで、同じ向きに回そうとする。
力の和が0なので、軸を変えても値は変わらない。偶力のモーメントは、力の大きさと、2本の作用線のあいだの距離の積で求められる。
例題 2基本棒を2か所で支える
長さ3.0 m、重さ60 Nの一様な棒を、左端Aと、右端から1.0 m内側の点Bの2か所で水平に支える。AとBが棒を支える力、を求めよ。
解説を見る
重力は、Aから1.5 mの真ん中にかかる。AとBの間は2.0 mである。Aを軸にとるとが式から消える。
両辺を2.0で割ると Nである。上下の力のつり合いからを出す。
Bを軸にして確かめると、のうでは2.0 m、重力のうでは0.5 mで、 N·mと等しい。重心に近いBのほうが多くを支える。
例題 3入試人が上ったはしご
途中の計算のはしご(長さ5.0 m、質量20 kg、下端は壁から3.0 m、上端は高さ4.0 m)を、質量60 kgの人が、下端からはしごに沿って3.75 mの所まで上った。壁はなめらかとする。はしごが滑らないために、床との静止摩擦係数はいくら以上必要か。重力加速度を9.8 m/s²とする。
解説を見る
3.75 mは長さ5.0 mの4分の3なので、人の位置は下端から横に mである。人の重力は Nになる。
上下の力のつり合いから、垂直抗力ははしごと人の重力の和である。
下端を軸にとり、のモーメントと、はしごと人の重力のモーメントを等しくおく。
右辺はなので、 Nで、左右のつり合いからである。滑らない条件に入れる。
人がいないときの0.375より大きい。高く上るほど、床が出す静止摩擦力は大きくなければならない。
例題 4入試糸で水平に保つ棒
長さ1.0 m、重さ20 Nの一様な棒の左端を、壁にちょうつがいで留める。右端に付けた糸を、ちょうつがいの真上0.75 mの壁の点に結び、棒を水平に保つ。糸の張力と、ちょうつがいが棒に及ぼす力の水平な分と鉛直な分を求めよ。
解説を見る
糸は、横1.0 m、縦0.75 m、斜め1.25 mの直角三角形の斜辺になる。辺の比は4 : 3 : 5なので、張力は、壁へ向かう水平な分と、上向きの分に分けられる。
ちょうつがいを軸にとる。水平な分の作用線はちょうつがいを通るので、回さない。上向きの分のうでは1.0 m、重力のうでは0.5 mである。
両辺を0.6で割ると Nである。作用線までの距離で数えても、ちょうつがいから糸までの距離は mで、と合う。
ちょうつがいの力は、左右と上下のつり合いから出す。
水平な分は壁から離れる向き、鉛直な分は上向きである。
共通テストで問われた転倒
- 2024年 大学入学共通テスト 本試験 物理 第1問 問1:床に垂直に立て、頂点Aを壁に接触させた直角二等辺三角形の一様な板の頂点Bに、水平な力を加える。板が点Aのまわりに回転しないの最大値を、重力とによるAのまわりのモーメントを比べて選ぶ。出典は大学入試センター「令和6年度 本試験の問題」。
- 2024年 大学入学共通テスト 追試験 物理 第1問 問1:長さとの板を左端をそろえて貼り合わせ、水平な台の端へ押し出していく。板全体の重心が台の端より内側にあれば落ちないことから、板Bの重心を台の端の外へ出せる最大の距離を選ぶ。出典は大学入試センター「令和6年度 追・再試験の問題」。
参考文献
- 文部科学省『高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 理科編 理数編』(2018、2021年一部改訂)、第1部 第2章 第3節「物理」3(1)ア(ア)㋒ 剛体のつり合い、64〜65ページ(「力のモーメントのつり合いを扱うこと。また,物体の重心にも触れること」「防災などの観点から,物体が転倒しない条件についても触れる」)。力のモーメントは「物理基礎」には無く、「物理」で扱う
- J. J. O'Connor, E. F. Robertson, "Louis Poinsot", MacTutor History of Mathematics(1803年のEléments de statique、剛体にはたらく力を1つの力と1つの偶力にまとめる研究)
- 大学入試センター「令和6年度 大学入学共通テスト 本試験 物理」「令和6年度 追・再試験 物理」の問題と正解