116分の1だけ縮めた空気
空気を押し縮めると、なぜ熱くなるのだろうか。自転車の空気入れを続けて押すと、筒の根もとがほんのり温かくなる。押し棒のこすれる熱もあるが、押し縮められた空気そのものも熱くなっている。
1823年8月、ポアソンはフランスの学術誌『化学・物理学年報』に論文「気体と蒸気の熱について」を載せた。熱が出入りしないまま気体の体積が変わるとき、圧力と密度が2つの比熱の比を使った式で結ばれることを示した論文である。4か月前にラプラスが『天体力学』の第12編で発表した考えを、さらに進めたものだった。
同じ巻にポアソンは、音の速さについての短い覚え書きも載せている。ラプラスは1816年に、ニュートンの音速の式を証明をつけないまま直していた。ポアソンはその式を観測と比べ、空気を急に116分の1だけ押し縮めると1℃上がると見積もった。翌1824年に『火の動力についての考察』を出すサディ・カルノーは、この数字を自分の本で使っている。
等温より急な坂
図で納得する
断熱変化は、熱の出入りがまったくない変化である。熱を通さない壁の筒に気体を閉じこめて押すか、熱が逃げる暇もないほど素早く押すと、断熱変化に近くなる。そのあいだ、圧力と体積はを守って変わる。
は「のγ乗」と読む。γ(ガンマ)は1.4のような整数でない数のこともある。たとえばは、とのあいだの約2.64で、電卓のべき乗のキーで計算できる。
とはモル比熱で、気体1 molの温度を1 K上げるのに要る熱を表す。は体積を変えずに温めるとき、は圧力を変えずに温めるときの値だ。2つの比を比熱比と呼び、空気では約1.4になる。
熱が出入りしないなら、押し込んだ仕事はどこへ行くのか。行き先は気体の内部エネルギー、つまり飛び回る分子の運動のエネルギーである。分子が速くなった分だけ、温度が上がるのだ。
温度を保つ等温変化では、押し込んだ分と同じだけの熱が外へ逃げる。ところが断熱変化では逃げ道がないので、温度が上がり、同じ体積でも圧力が高くなる。
体積を半分にしたときで比べてみよう。等温ではが変わらない(ボイルの法則)ので、圧力は2倍にとどまる。断熱ではが変わらず、が分の1になる分だけ圧力が上がるので、倍になる。
つまみで押したあとの体積を選ぶと、ピストンが押し込まれ、塗りつぶした点が断熱の曲線を上っていく。中の抜けた丸は、同じ体積まで温度を保って押した場合で、圧力が低い。気体をヘリウムに替えると、坂はさらに急だ。
では、γが空気で7/5、ヘリウムで5/3になるのはなぜか。決め手は、分子がエネルギーをためる「動き方」の数だ。ヘリウムのような1個の原子は、前後・左右・上下の3通りに動く。窒素や酸素のように2個の原子がつながった分子は、その3通りに加えて、2通りの回り方でもエネルギーをためる。
動き方1つあたり、1 molの気体は温度1 Kにつきの内部エネルギーをためる。は気体定数だ。動き方の数をとすると、体積一定で温めたときのモル比熱はになる。
圧力一定で温めると、気体はふくらんで外を押す。圧力のまま1 molを1 K温めると、状態方程式の右辺はだけ増えるので、押した仕事(×増えた体積)もちょうどになる。その分だけ余計に熱が要るので、となる(マイヤーの関係)。
2つを合わせるとで、を入れて分母と分子にを掛けるとになる。なら、ならだ。動き方が多い分子ほど押し込んだエネルギーが温度に回りにくく、γは1に近づく。
式で確かめる
道すじは3段。熱の出入りが0なので、された仕事がそのまま内部エネルギーになる(手順1)。状態方程式で温度を消すと、圧力と体積の「変わる割合」の関係が出る(手順2〜12)。最後に、小さな一歩ごとにが変わらないことを確かめる(手順13〜18)。
気体を mol、体積の小さな変化をとする(縮めるならは負)。そのときの圧力と温度の変化を、と書く。Δ(デルタ)は「ほんの少しの変化」を表す記号だ。
理想気体の内部エネルギーはと書ける。体積一定で温めた熱は、すべて内部エネルギーになるからだ。
仕事を温度に直す
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熱の出入りが0なので、された仕事が内部エネルギーの増えになる
縮んだ体積はなので、気体がされた仕事はになる。たとえば Paの気体を m³(1 cm³)縮めると、仕事は0.1 J。
変わる割合を比べる
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少し変化したあとも状態方程式が成り立つ
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左辺を展開し、両辺からを引く
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小さな変化どうしの積を捨てる
数で確かめると、、、、なら、帯はと、角はだ。角は増えた面積20.1の0.5%にすぎず、変化を小さくするほど割合はさらに縮む。
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手順4の右辺の形にそろえるため、手順1の両辺にを掛ける
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これを手順4の右辺に入れる
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左辺のを右辺へ移す
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右辺をでくくる
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かっこの中を通分する
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分子をマイヤーの関係で置きかえる
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手順8のかっこに手順10を入れる
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両辺をで割る
手順12は、体積が1%縮むと圧力が%上がる、と読める。空気なら1.4%で、温度を保つ等温変化の1%より大きい。つまり、この差がグラフの坂の急さを生んでいる。
一歩ずつ積み重ねる
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1歩あとのから、とをかっこの外へくくり出す
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小さなではが成り立つことを使う
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手順12を入れ、と書く
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かっこを展開する
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小さなの2乗を捨てる
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一歩ごとに値が変わらないので、何歩重ねても最初のままである
数で確かめると、空気の体積を1%縮めて0.99倍にすると、圧力は1.014倍になる。で、はほぼ1のまま残る。
空気入れの熱と、音の速さ
ポアソンの式に状態方程式を組み合わせると、温度と体積の関係も出る。
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状態方程式から圧力を出す
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ポアソンの式のに入れる
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をで割るとになる
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両辺を定数で割る
27℃(300 K)の空気を、空気入れで素早く半分の体積にしてみる。空気ではなので、が分の1になる分だけ温度が上がり、 K、つまり約123℃になる計算だ。
実際には壁へ熱が逃げるので、筒はここまで熱くならない。それでも、速く押すほど熱くなる向きはこの式のとおりである。
前の章の手順12は、空気の押し縮めにくさも教えてくれる。押し縮めにくさとは、体積を縮める割合あたりに、圧力がどれだけ上がるかを表す量のこと。音は空気の押し縮めが隣へ次々と伝わる波なので、押し縮めにくい(が大きい)ほど、また軽い(密度が小さい)ほど速く伝わる。
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押し縮めにくさをと決め、前の章の手順12を変形したを入れる
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音の速さの式に入れる(は密度)
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15℃の空気の値( Pa、 kg/m³、)を入れる
ニュートンの考えのように温度が変わらないとみるとで、15℃の空気では約288 m/sになる。ただ、これでは測定より15%ほど遅い。音の波では空気が押し縮められては広がり、そのあいだに熱が移る暇はない。断熱とみてを掛けると、音の速さと距離で見た1823年の測定(気温11℃ほどで約340 m/s)とそろう。
温度と体積の式は、圧力を使わずに理想気体の状態方程式の温度を追う道具にもなる。ディーゼルエンジンは、押し縮めて熱くした空気に燃料を吹き込んで火をつける。
3つの気体を押し縮める
例題 1大学ヘリウムを8分の1に
300 K、 Paのヘリウム()を、熱を逃がさずに体積8分の1まで押し縮めた。圧力と温度を求めよ。
解説を見る
ポアソンの式から、圧力は倍になる。なので、。
温度はから倍で、。
例題 2大学ポアソンの1℃を確かめる
17℃(290 K)の空気()を、急に体積の116分の1だけ押し縮める。温度は何K上がるか。
解説を見る
縮めたあとの体積は。から、温度は倍になる。
上がるのは約1.0 Kで、ポアソンの見積もった1℃とそろう。近似で求めるとから Kになる。
例題 3大学空気を16分の1まで
300 K、 Paの空気()を、熱を逃がさずに体積16分の1まで押し縮めた。温度と圧力を有効数字2桁で求めよ。
解説を見る
温度は倍で、。
圧力は倍になる。
約640℃まで上がり、燃料に火がつくほどの熱さになる。
参考文献
- S.-D. Poisson, "Sur la chaleur des gaz et des vapeurs", Annales de chimie et de physique(1823年8月)。内容は文献2による
- P. Costabel, "Poisson, Siméon-Denis", Complete Dictionary of Scientific Biography(Encyclopedia.com)
- J. J. O'Connor, E. F. Robertson, "Siméon Denis Poisson", MacTutor History of Mathematics(セント・アンドルーズ大学)
- 京都大学 全学共通科目「熱力学」シラバス(2026年度 後期、配当学年は主として1回生。授業計画に「熱力学第一法則,熱と仕事の等価性,内部エネルギー,断熱変化」)