点を1つ打った積
進む向きから60°傾けてひもを引くと、前に効く力は0.5倍に減る。荷車を10 Nで引いても、前へ押し出すのは5 Nだけだ。前へ効くのは、力の矢印が進む向きに落とす影の分だけだからである。2本の矢印について、この「影の長さ × 長さ」を1つの数にしたものが内積である。
2本のベクトルのあいだに点を打つ書き方は、イェール大学で数理物理学を教えていたジョサイア・ウィラード・ギブズが、1881年に学生のために刷ったベクトル解析のノートにさかのぼる。ギブズはベクトルとの積をと書き、direct product(直接の積)と呼んだ。1901年、教え子のエドウィン・ビッドウェル・ウィルソンがギブズの講義をもとに出した教科書ではと書かれ、「A dot Bと読むので、dot productと呼んでもよい」という一文が添えられた。ドット積という呼び名は、この書き方から生まれた。
影の長さに、もう一方の長さを掛ける
内積は、片方のベクトルの長さに、もう片方がその向きに落とす影の長さを掛けた数だ。が影の長さを表すことさえ押さえれば、三平方の定理をくり返し使うだけで、角を使わずに成分だけで計算できる式が出る。
ベクトルは、向きと大きさをもつ矢印である。の大きさ、つまり矢印の長さをと書く。2本の矢印の始点を同じ点Oにそろえたとき、あいだにできる角を2つのベクトルのなす角といい、からまでの値をとる。
は、長さ1の棒を角だけ傾けたときに、もとの向きへ落ちる影の長さである。なら1、なら0.5、なら0。ただしを超えると影は反対側へ落ちるので、負の数で表す。長さの矢印なら影も倍になり、と書ける。
内積は、にこの影の長さを掛けた数だ。式で書けばで、答えは矢印ではなく1つの数になる。単位は2つのベクトルの単位を掛けたもので、力(N)と移動(m)の内積ならN·m、つまりJである。
つまみでを動かすと、の影はでいったん長さ0になるが、そこを過ぎると反対向きに伸びる。だから内積の符号は影の向きで決まり、なす角が鋭角なら正、直角なら0、鈍角なら負になる。
では、角が分からず、成分しか分からないベクトルの内積は求められるのだろうか。成分とは、矢印が横に何進み、縦に何進むかを並べた数の組で、、のように書く。たとえばは、右へ3、上へ1進む矢印だ。
との終点をA、Bとして、三角形OABの辺ABの長さを2通りに書けばよい。Bから直線OAへ垂線を下ろし、その足をHとする。
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OからHまでの長さは、の影の長さ
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直角三角形OHBの三平方の定理に、と手順1を入れて、BH²について解く
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AHは、から影の長さを引いた長さ
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直角三角形AHBで三平方の定理を使う
でも、Hが線分OAの外に出たらどうなるのか。が鈍角ならは負なので、AHはより長くなるだけで、手順3の式はそのまま使える。Hが点Aを越えたときも、差を2乗すれば同じ値になる。
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手順2と3を代入する
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かっこの2乗を展開する
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を含む2つの項を打ち消す
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を内積に書きかえる
手順7の式は余弦定理と呼ばれる。つまり三平方の定理に、角が直角からずれた分の補正を足した形で、なら補正が0になって元に戻る。
次に、同じAB²を成分で書く。ももABも、横の差と縦の差を2辺とする直角三角形の斜辺なので、三平方の定理で表せる(ベクトルの成分と大きさ)。
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とを成分で書く
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AB²を、横の差と縦の差で書く
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2つの2乗を展開する
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手順8を、について解く
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右辺に手順9と11を入れる
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かっこを外し、中の符号をすべて変える
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同じ2乗の項どうしを打ち消す
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両辺を2で割る
実際に、を入れると、どの行も同じ答えにたどり着く。
| 手順 | 、を入れた値 |
|---|---|
| 9 | 、 |
| 10 | |
| 12 | |
| 16 |
内積の定義の式をについて解くと、になる。長さ1の棒を傾けたときの影の長さで、2本のなす角はと分かる。
をそのものにすると、なす角はでなので、となる。成分の式でもになり、大きさの式と合う。また、どちらもでない2本のベクトルの内積が0になるのは、のとき、つまり2本が垂直なときだけである。
ひもを引く仕事から、言葉を比べるAIまで
物理基礎で習う仕事は、力と移動の内積である。力で物体をだけ動かしたときの仕事はで、移動の向きに落ちる力の影だけが仕事をする。冒頭の荷車を3 m引いたときは、次の値になる。
ひもを真上に引けばで影は0になり、どれだけ強く引いても仕事は0のままだ。坂を下る台車を後ろから引き止める力のように、移動と反対向きに傾いた力の仕事は負になる。
2本のベクトルの向きがどれだけ似ているかも、内積で測れる。定義の式を変形したは、向きがそろえば1、直角なら0、反対なら−1になる。文章を扱うAIの注意機構は、2017年の論文のモデルでは、単語ごとに「何を探すか」を表すクエリと「何を持つか」を表すキーを、64個の成分をもつベクトルとして作る。その内積の大きさから、どの単語に目を向けるかを決めている。成分がいくつに増えても、内積はと、成分どうしを掛けて足すだけで計算できる。
なす角と垂直を内積で求める
例題 1基本長さと角から内積を出す
、で、なす角がのとき、を求めよ。
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は、長さ1の棒を傾けたときの影で、反対側に0.5だけ落ちるのでである。
なす角が鈍角なので、内積は負になる。
例題 2基本成分からなす角を求める
、のなす角を求めよ。
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内積と大きさを成分で計算する。
内積の定義の式をについて解き、値を入れる。である。
で、影が反対側に同じ長さだけ落ちるのはの角なので、である。
例題 3入試垂直な単位ベクトル
に垂直で、大きさが1のベクトル(単位ベクトル)をすべて求めよ。
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求めるベクトルをとおく。垂直なので内積が0、大きさが1なので成分の2乗の和が1になる。
1つ目の式からで、2つ目に入れると、つまりである。
よってとの2つで、向きが互いに反対である。
例題 4入試大きさの条件から角を出す
、、のとき、とのなす角と、を求めよ。
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なので、はと書ける。内積は数の掛け算と同じように分配して展開でき、とは同じ値なので、次のように開ける。
数を入れるとで、これを解いてを得る。
長さ1の棒の影が0.5になる角なので、である。同じように開くと、次の値になる。
よってである。
垂直を内積0に読み替える出題
- 2026年 大学入学共通テスト 追試験 数学II・数学B・数学C第6問(2):三角形OABと、内分の条件で互いに決まる3点X、Y、Zを考える。としてを、で表し、∠AOBが90°のときと100°のときで、∠Xが直角になるを調べる。内積が0なら垂直、という読み替えが軸になる。出典は大学入試センター「令和8年度 追・再試験の問題」。
- 2024年 大学入学共通テスト 追試験 数学II・数学B第5問(3):とし、Oを通って直線OCに垂直な直線と、直線BCとの交点をDとする。を、と比で表し、OCとODの内積が0になることから、を、、で表す。続けて、垂直な2本のベクトルを使って点Rの位置を書き直す。出典は大学入試センター「令和6年度 追・再試験の問題」。
参考文献
- 文部科学省『高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 数学編 理数編』(2018)、第1部 第2章 第6節「数学C」3(1)ベクトル、118ページ
- J. J. O'Connor, E. F. Robertson, "Josiah Willard Gibbs", MacTutor History of Mathematics Archive, University of St Andrews
- J. Miller, "Earliest Uses of Symbols for Matrices and Vectors"・"Earliest Known Uses of Some of the Words of Mathematics (D)", MacTutor History of Mathematics Archive
- 大学入試センター「令和8年度 大学入学共通テスト 追・再試験 数学II,数学B,数学C」「令和6年度 大学入学共通テスト 追・再試験 数学II・数学B」