ヨウ素で数える容量分析
1853年、ロベルト・ブンゼンは「非常に広く使える容量分析の方法について」と題した論文を、ドイツの化学の雑誌に載せた。T・E・ソープの『化学の歴史』(1910年)は、ブンゼンの業績として、ヨウ素を使う容量分析の方法の考案を挙げている。容量分析は、濃度の分かった液を少しずつ加え、反応がちょうど終わるまでに要した体積から相手の量を割り出す方法で、高校でいう滴定のことだ。酸化剤と還元剤の滴定では、この割り出しを電子の数で行う。
電子の数で両側をつり合わせる
酸化剤は相手から電子を奪う物質、還元剤は相手に電子を渡す物質である。電子は反応の途中で消えたり湧いたりしないので、還元剤が出した電子は、すべて酸化剤が受け取る。だから、両方の電子の物質量は等しくなる。
物質量は、粒の数を6.0 × 10²³個でひと組にして数えた量で、単位はmolである。モル濃度が mol/Lの液は、1 L(1000 mL)の中に molが溶けているので、 mLとると中の物質は molになる。酸化剤1個が受け取る電子の数をとすると、受け取る電子の物質量はこれを倍した量だ。
では、はどう決まるのか。硫酸で酸性にした液の中で、赤紫色の過マンガン酸イオンは、ほぼ無色のマンガン(II)イオンに変わる。この変化を、電子を書き込んだイオン反応式(半反応式)にすると、受け取る電子の数が見えてくる。
水の中の反応なので、足りない酸素原子は水で、水素原子は水素イオンで補う。最後に電子を足して、両辺の電荷の合計をそろえる。
-
変わる前と後のマンガンを並べる
-
右辺に水を4分子足し、酸素原子を4個にそろえる
-
左辺に水素イオンを8個足し、水素原子を8個にそろえる
-
左辺に電子を5個足し、両辺の電荷を+2にそろえる
手順4の電子の数は、電荷の差で決まった。電子1個は−1の電荷をもつので、左辺の+7を右辺の+2まで下げるには5個要る。つまり過マンガン酸イオンではで、この5は、マンガンの酸化数が+7から+2へ下がった幅とも一致する。
還元剤の鉄(II)イオンは、1個が電子1個を出して鉄(III)イオンになるので、である。電子の数を5にそろえてから2本の式を足すと、電子が両辺から消える。
-
鉄(II)イオンの半反応式を書く
-
両辺を5倍して、出す電子を5個にする
-
手順4の式と足し、両辺のを消す
係数の1対5は、電子の受け渡しの比そのものだ。過マンガン酸イオン1個が電子を5個引き受けるので、相手の鉄(II)イオンは5個要る。
では、滴定の結果から濃度を出すには、どんな式を立てればよいのか。酸化剤のモル濃度を mol/L、加えた体積を mL、1個が受け取る電子の数をとする。還元剤のほうは、濃度を mol/L、体積を mL、1個が出す電子の数をとする。
-
酸化剤が受け取る電子の物質量を書く
-
還元剤が出す電子の物質量を書く
-
2つを等しいとおく
-
両辺に1000を掛ける
式の形は中和の量的関係のと同じだが、数えるものが水素イオンから電子に替わっている。0.050 mol/Lの硫酸鉄(II)水溶液20.0 mLを硫酸で酸性にし、0.020 mol/Lの過マンガン酸カリウム水溶液で滴定するとき、過不足なく反応するまでに加える体積を求めてみる。
-
、と、濃度と体積を入れる
-
両辺の数をそれぞれ掛け合わせる
-
両辺を0.10で割る
加えた体積が10.0 mLに届くまで、落ちた過マンガン酸イオンは鉄(II)イオンから電子を受け取り、ほぼ無色のマンガン(II)イオンに変わる。10.0 mLを過ぎると、電子を渡す相手がもう残っていないので、赤紫色が消えずに残る。この色の残り始めが終点で、指示薬を加えなくても見分けられる。
漂白剤の濃度をヨウ素で読む
塩素系の漂白剤に入っている次亜塩素酸イオンは、強い酸化剤だ。その量は、ヨウ化カリウムを多めに加えてヨウ素を出させ、そのヨウ素をチオ硫酸ナトリウム水溶液で滴定して数える。デンプンを加えておくと、ヨウ素が残っている間は青紫色を示すので、色が消えたところが終点になる。
電子の流れを、半反応式で順に追ってみる。
ヨウ化物イオンは、次亜塩素酸イオンに渡した電子を、チオ硫酸イオンから受け取って取り戻す。つまり、ヨウ素は電子を受け渡す中継ぎにすぎず、最後の計算には出てこない。次亜塩素酸イオンが受け取った電子と、チオ硫酸イオンが出した電子の物質量が、そのまま等しくなる。
ある漂白剤を水で正確に10倍に薄め、その10.0 mLに硫酸とヨウ化カリウムを加えた。出てきたヨウ素を0.100 mol/Lのチオ硫酸ナトリウム水溶液で滴定すると、16.0 mLで青紫色が消えた。チオ硫酸イオンは1個が電子1個を出すので、次亜塩素酸イオンの物質量を molとして、次の式が立つ。
右辺は mol(0.00160 mol)で、次亜塩素酸イオンはその半分の molになる。これが薄めた液10.0 mLの中の量なので、薄めた液の濃度は0.0800 mol/L、元の漂白剤は10倍の0.800 mol/Lである。
過マンガン酸カリウムの滴定で、液を酸性にするのに塩酸ではなく硫酸を使うのも、電子の帳尻のためだ。塩酸の塩化物イオンも過マンガン酸イオンに電子を渡して塩素になるので、滴下量が鉄(II)イオンの分より多くなってしまう。
鉄と過酸化水素の濃度を出す
例題 1基本二クロム酸イオンの半反応式
硫酸で酸性にした液の中で、二クロム酸イオンはクロム(III)イオンに変わる。(1)電子を含むイオン反応式を作れ。(2)二クロム酸イオン0.010 molは、鉄(II)イオンを何mol酸化できるか。
解説を見る
(1)クロム原子、酸素原子、水素原子、電荷の順にそろえる。
左辺の電荷は、右辺はで、差の6を電子で埋める。
(2)二クロム酸イオン1個が電子6個を受け取るので、受け取る電子は mol。鉄(II)イオンは1個が電子1個を出すので、0.060 mol酸化できる。
例題 2基本鉄(II)イオンの濃度
濃度の分からない硫酸鉄(II)水溶液25.0 mLを硫酸で酸性にし、0.0200 mol/Lの過マンガン酸カリウム水溶液で滴定すると、12.5 mLで赤紫色が消えなくなった。鉄(II)イオンのモル濃度を求めよ。
解説を見る
、として、に入れる。
左辺は1.25なので、 mol/Lである。
例題 3入試過酸化水素をヨウ素で数える
過酸化水素水10.0 mLに、硫酸と十分な量のヨウ化カリウム水溶液を加えると、次の反応でヨウ素が出た。
出たヨウ素を、デンプンを指示薬にして0.0500 mol/Lのチオ硫酸ナトリウム水溶液で滴定すると、18.0 mLで青紫色が消えた。
過酸化水素水のモル濃度を求めよ。
解説を見る
過酸化水素は1分子が電子2個を受け取り()、チオ硫酸イオンは1個が電子1個を出す。ヨウ素は中継ぎなので、過酸化水素の物質量を molとして、2つの電子の物質量を等しいとおく。
右辺は molなので、 mol。これが10.0 mLの中の量だから、濃度は次のとおり。
伏せた係数と標準溶液
- 2025年 大学入学共通テスト 本試験 化学 第3問 問4 b:チリでのヨウ素の製造を題材に、ヨウ素酸ナトリウムと亜硫酸水素ナトリウムを水溶液中で反応させてヨウ素を得る。係数の一部が伏せられた反応式から、決まった量のヨウ素を得るときに消費される亜硫酸水素ナトリウムの物質量を選ぶ。出典は大学入試センター「令和7年度 本試験の問題」。
- 2025年 大学入学共通テスト 追試験 化学基礎 第2問 問4 a:シュウ酸の標準溶液を使って、過マンガン酸カリウム水溶液の正確な濃度を求める。実験の操作の手順と、赤紫色が消えなくなる終点までの滴下量から、濃度を有効数字2桁で答える。出典は大学入試センター「令和7年度 追・再試験の問題」。
参考文献
- 文部科学省『高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 理科編 理数編』(2018)、第1部 第2章 第4節「化学基礎」3(3)ア(イ)㋑ 酸化と還元、92-93ページ
- R. Bunsen, "Ueber eine volumetrische Methode von sehr allgemeiner Anwendbarkeit", Justus Liebigs Annalen der Chemie 86 (1853), 265-291
- T. E. Thorpe, History of Chemistry, Vol. 2(1910)、Project Gutenberg版
- 大学入試センター「令和7年度 大学入学共通テスト 本試験 化学」「令和7年度 追・再試験 化学基礎」