脚注に残した一行
もしかすると、一般になのかもしれない。
1916年、ルートヴィヒ・ビーベルバッハは自分の論文の脚注に、ドイツ語でそう書き添えた。ヴォルフラム・ケプフの2003年の講演資料は、その一文を「Vielleicht ist überhaupt .」と引いている。は、円の内側を重ならずに写す関数をの形にそろえたとき、番目の係数の大きさがとれる最大の値を指す。


本文で証明できたのはだけだった。
3番目が解けるまでに7年、すべての番号が解けるまでに68年かかる。1923年、カール・ローブナーがを証明すると、ビーベルバッハは本人に「不滅の者たちの国」に入ったと告げたという。数学史のデータベースMacTutorが伝える話である。
その10年後、2人の立場は大きく変わった。ヒトラーが政権を取った1933年、ビーベルバッハはナチスの運動に加わる。4人の息子と突撃隊の行進に参加し、11月にはナチスの制服を着て試験官を務めた。数学を人種で論じる論文を書き、のちに雑誌『ドイチェ・マテマティーク』も創刊している。
1938年3月29日、ビーベルバッハは、ユダヤ人がアカデミーの委員会に残っていることに驚くと書いた。4月7日、同僚のイサイ・シューアは委員を辞めさせられた。
ローブナーはユダヤ人の家に生まれ、プラハの大学で教えていた。ナチスが街を占領すると、すぐに投獄された。1週間を牢で過ごし、出国税を2重に払って、家族と国を出ることを許される。アメリカに着いたときは一文無しで、46歳からやり直すことになった。チャールズと名を改めたのは、このときである。

ビーベルバッハは1945年の終戦ですべての職を失い、解任され、逮捕された。1982年9月1日に95歳で死去。脚注の一行が証明されたのは、その2年後だった。
係数を1つずつ追った68年
問いの根は、1851年のベルンハルト・リーマンの定理にある。平面の中の穴のない領域(平面全体を除く)は、どれも円の内側から重ならずに写せる。リーマンの証明には不備があり、完全な証明がそろうのは20世紀に入ってからである。
どの領域にも写す関数があるなら、領域の形は関数の式の係数に現れるはずだ。では、係数はどこまで大きくなれるのか。
パウル・ケーベの研究から、係数の大きさには番号ごとに最大の値があると分かった。1907年、ケーベは写した先が原点のまわりの半径の円を必ず覆うと予想する。証明したのは1916年のビーベルバッハで、からすぐに出る。
しかし3番目から先は、番号ごとの戦いになった。1923年のローブナーは微分方程式という別の道具を持ち込み、その式はのちの試みの多くで使われる。1925年、ジョン・リトルウッドはすべての番号で()を示した。上限の2.72倍以内に必ず収まるわけで、残る差はこの倍率だけになった。
4番目は1955年、ポール・ガラベディアンとメナヘム・シファーが解いた。次に解けたのは5番目ではない。1968年にロジャー・ペダーソン、1969年に東京工業大学のMitsuru Ozawaが6番目を示し、5番目は1972年のペダーソンとシファーまで待つことになる。
決着は、係数を1つずつ追う道の外から来た。パーデュー大学のルイ・ド・ブランジュは1983年から84年にかけて本を書いていて、その1章で予想を扱っていた。計算を進めると、ある多項式の不等式が番号ごとに成り立てば証明は終わると分かる。ただ、番号が進むと手計算では追いつかない。
1984年2月、同じ大学のウォルター・ガウチが不等式を計算機で調べ、少なくとも25番目の係数まで予想が成り立つと確かめた。ガウチが電話でリチャード・アスキーに尋ねると、答えは、その不等式はもうある、というものだった。アスキーとジョージ・ガスパーが、8年前の1976年に証明していたのである。こうして3月、すべての番号の証明がそろった。
もっとも、この予想には誤った証明がいくつも出ていて、今度もどこかに誤りがあるはずだと見られていた。その春、ド・ブランジュはレニングラードのステクロフ数学研究所を訪ね、セミナーでイサーク・ミリンらに証明を説明する。セミナーは4月と5月に5回開かれ、毎回夜遅くまで続いて、休むのはお茶の時間だけだった。

参加者は驚きながらも納得し、ミリンら2人が証明を認める報告を文書で出している。
8月28日、パーデュー大学は自校の教授が「68年来の数学の問題を解いた」と発表した。論文は1985年の『アクタ・マテマティカ』154巻に載り、わずか16ページだった。1991年には、レナード・ワインスタインがアスキーとガスパーの不等式を使わない4ページの証明を発表している。
重ならないと、なぜ係数が止まるのか
この証明の道すじ。 図で複素数と「写す」という見方をつかみ、重なる写像と重ならない写像を比べる。式では手順1〜5で重なりを判定し、6〜10でケーベ関数の係数を、11〜16で切れ目と回転を手で出し、17〜24でを面積から導く。3番目から先のド・ブランジュの証明は高校の数学では追えないので、何を示したかを言葉でたどる。
円の内側の点を、点へ写す。違う点どうしが重ならず、式が定数の項なしで(係数は1)から始まるなら、番目の係数の大きさはを超えない。式が言っているのはこれだけである。
図で納得する
複素数は、平面の点を1つの数で書いたものである。点をと書き、は2乗するとになる数とする。計算は文字式と同じように進め、が出たらに置き換える。
は原点から点までの距離を表す。たとえばなら三平方の定理でになる。を満たす点の集まりが「円の内側」で、係数も一般には複素数なので、でその大きさを測る。
関数は、点を別の点へ動かす規則と読める。にを入れるとが出て、点は原点から2倍遠くへ動く。これが「写す」で、この規則を写像と呼ぶ。
2乗には決まった動きがある。なので、距離はから2へ、角は45°から90°へ変わる。距離は2乗になり、角は2倍になる。
関数をにして点を回すと、角が2倍になるので、左の1周で右は2周し、とが同じ点へ行く。とでは、1周で1周のまま、違う点は違う点へ行く。
円の内側の違う2点がいつも違う点へ写るとき、その写像を単葉と呼ぶ。たとえばは単葉で、は単葉ではない。では0.6とがどちらも0.36へ写るからである。
にの項を足していくと、どこで重なり始めるのだろうか。のを動かすと分かる。
がまでは重ならないが、を超えると縁の線が交差して、斜線の輪の中へは2点ずつ来る。のではとがどちらもへ写る。
ただし、は係数がどれも以下なのに重なる。予想は「重ならないなら係数は以下」と言うだけで、逆は成り立たない。
この2項だけならの上限はに見えるが、より先の項を足していくと、重ならないままを2まで上げられる。その行き着く先がケーベ関数である。
もう1つ、上限を言うには大きさをそろえなければならない。もも重ならないのに、の係数は2や10になってしまう。
そこで定数の項を0に()、の係数を1にそろえてから比べる。の係数は原点での微分の値で、原点のごく近くで点の間隔が何倍になるかを表す。単葉ならこの値は0にならない(0だと原点のまわりがのように重なる)。ずらすことと、拡大や縮小、回転は重なりを作らないので、どの単葉の関数もこの形に直せる。
上限にぴったり乗る関数がある。パウル・ケーベの名で呼ばれるケーベ関数で、係数が1つ残らずに等しい。
は円の内側を、平面から1本の切れ目を除いた全部へ広げる。切れ目は横の軸のから左へ続く半直線である。円周をたどると、切れ目がどう生まれるかが分かる。
半径を1にすると、上半分の点と下半分の点が同じ点へ写り、円周が切れ目に畳まれる。を小さくすると、写った線は切れ目を避けて原点を囲む輪に戻る。半径を1にしたまま円周の点の横の座標を0.6にすると、と読める。
2番目の係数は、原点の近くで写像がどれだけ偏るかを表す。とをに入れると0.12とになり、同じ距離の点が右へは遠く、左へは近くへ写る。つまりは、重ならない写像はどれも、この偏りでケーベ関数に勝てないという主張である。
では、なぜ2で止まるのか。を、円の外側の点(ゼータ)で定まる関数に作りかえると、最初の2項がになる。作り方は手順17〜19でたどれる。まずこの2項だけを動かしてみる。
半径1の円(単位円)はこの写像で楕円(円を縦や横に伸び縮みさせた形)になり、横の半径は、縦の半径はになる。を上げると楕円は細り、で線分に潰れて面積が0になる。
その先は線の回る向きが逆になり、面積の式の値は負になる。ところが重ならない写像なら、単位円の写った線は自分と交わらず、回る向きも変わらない。この値は線が囲む図形の面積そのものなので、負にはなれない。だからは2で止まる。
式で確かめる
重なりを判定する。 ととケーベ関数で、同じ点へ写る2点、を探す。どれも因数分解で片づく。
-
で同じ点へ写るとする
-
右辺を左へ移して因数分解する
-
で同じことをする(移項してでくくる)
手順2ではのとき、違う2点でも等式が成り立つ。一方、手順3ではのときに重なる。円の内側ではが2未満なので、この2点がとれるのはのときだけである。
-
ケーベ関数で同じ点へ写るとして、分母を払う
-
展開すると両辺のが消える。移項して因数分解する
2つの数の積の大きさは、大きさどうしの積になる。だから円の内側の2点ではとなり、は0にならない。残るのはだけで、ケーベ関数は重ならない。
ケーベ関数の係数を手で出す。 項を限りなく足していく式を級数と呼ぶ。使うのは、同じ比で項が進む等比級数と掛け算の表である。
-
を掛けて途中の項を消す
-
項を増やしても右辺は1との累乗の差のままで、円の内側ではその累乗が0へ近づく。項を限りなく続けて両辺をで割る
-
両辺を2乗する
-
同じ累乗の個数を数えてまとめる
-
両辺にを掛ける
係数はこうして式から決まる。予想はその大きさを、重ならないという条件と最初の2項の約束だけで抑える。
切れ目を手で出す。 円周の上の点では、が簡単な分数に変わる。
-
分子と分母をで割る
-
円周の上は、で、からとなる
-
手順11に入れる
が消えたので、上半分のと下半分のは同じ点へ写る。はから1未満までなので、はから0の手前までの負の数になり、その逆数はから左へどこまでも続く。
-
の分母を払い、の2次方程式に直す
2つの解の積は1になる。の定数の項がで、それがに等しいからである。ならで解はと2、一方が内側でもう一方が外側になる。
円の内側に解が無いのは、2つの解がどちらも円周の上に来るときだけで、それが切れ目の上のである。ならでとなり、確かに円周の上にある。つまり、切れ目の外の点はどれも、円の内側のちょうど1点から写ってくる。
回しても等号。 大きさが1の数(アルファ)を掛けると、点は原点のまわりに回る。オイラーの公式のがその数である。
-
にを入れてで割る
-
手順10にを入れてで割る
なのでで、回してもすべての番号で等号が成り立つ。たとえばならとなり、切れ目はから上へ伸びる。
逆に、ある番号でとなる単葉の関数は、この回したケーベ関数に限られる。
上限2を面積から導く
手順17〜19でを関数に作りかえると、はのの係数に移り、そこに面積の条件がかかる。
-
のをに替え、をくくり出す
-
平方根をとる。を使う
-
をに替えて逆数をとる。を使う
手順18で平方根がとれるのは、が0になるのが原点だけで、手順17の括弧の中が0にならないからである。展開は、2乗するとが戻ることで確認できる。
が重ならないならもも重ならない。なら2乗してとなり、である。ならからで、それはのときだけである。をとることと逆数をとることは、違う点を違う点へ送るので、にも重なりは生まれない。
-
最初の2項だけなら面積は手で計算できる。を実数とすると、円周の上の点ではだから
半径1の円を横に倍、縦に倍に伸ばした楕円である。面積にも同じ倍率がかかるのでになる。たとえばなら、横の半径0.5、縦の半径1.5で、面積は約2.36である。
では、項が多いときはどうか。は円の外側を重ならずに写すので、単位円の写った線は自分と交わらない閉じた線になる。はその線の外側へしか行かず、内側の図形には届かない。この図形の面積をとする(正確には半径を1より少し大きくとって1へ近づける)。
-
は、1914年のトーマス・グロンウォールの面積定理で決まる。のとき
-
面積は負にならないので、括弧の中は0以上である
-
手順19からを入れる
-
両辺を2倍する
手順21の式の導き方は大学の内容だが、手順20の楕円はそのだけの場合にあたる。ならで、手順22から残りの項はすべて0になり、()の形に決まる。ケーベ関数のはこの形で、1をすべてに使い切っている。これが、上限がケーベ関数で決まる理由である。
ここから先は大学の内容
3番目から先は、面積の式だけでは届かない。ド・ブランジュの証明は次の3段でつかめる。
1段目はローブナーの式である。を、写した先の範囲が時間とともに広がる単葉の関数の列に埋め込む()。列全体が満たす微分方程式を使うと、係数の変化を時間で追える。
2段目は対数をとった係数である。対数を使ってとおく。1960年代半ばにレベデフとミリンが整えた方法によれば、次の不等式が番号で成り立てばが出る。これがミリン予想で、はを1からまで動かして足す記号である。
ケーベ関数ではなので、で、括弧の中はどのでも0になる。ここでもケーベ関数が等号の位置にいる。
3段目がド・ブランジュの工夫である。時間で動く重み(はタウ)を付けた和(はプサイ)を作り、重みの出発点をに選ぶと、はミリン予想の左辺そのものになる。
重みは時間が限りなく進むと0に近づくので、も0に近づく。だからが減らないと示せれば、出発点は0以下になる。減らないためには、重みが時間とともに増えないことが要る。ド・ブランジュ自身が示せなかったこの一点が、アスキーとガスパーの1976年の不等式である。
切れ目の点と級数を数で追う
単葉関数は大学の複素関数論の先で学ぶが、複素数の計算は高校の数学IIの範囲で、ここの計算はそれだけで追える。証明の手順13の式と手順10の級数に、数を入れて確かめられる。
円周の1点を写す
-
が円周の上にあることを確認する
-
1からを引く
-
2乗する
-
をに置き換える
-
でくくるとが現れる
-
分母と分子のを約分する
証明の手順13の式ならで、同じ答えが1行で出る。
級数を1項ずつ足す
-
を元の式に入れる
-
級数の3項目まで足す
-
6項目まで足す
-
10項目まで足す
足す項はで、が大きくなると分母のが勝って小さくなる。つまり、係数がで増えても、円の内側では和が有限で止まる。
半径1/4の円と翼の断面
係数の上限が分かると、写った先の形が抑えられる。複素数の和の大きさが、大きさの和を超えないからである。
どこまで遠くへ写るか。 原点からの距離がの点は、どんな単葉の関数でも、次の距離より遠くへは写らない。
たとえばなら2、なら3.75、なら90になり、ケーベ関数は横の軸の正の側でちょうどこの値をとる。一方では約にとどまり、左側は切れ目の手前で止まる。
必ず覆う円。 写した先は、原点のまわりの半径の円を必ず覆う。が届かない点があるとして、次の関数を作る。
2行目は、(証明の手順7の等比級数)にを入れた形である。はにならないので分母は0にならない。と書けるので、の値が違えばの値も違い、も重ならない。
との両方に2番目の上限を使う。の大きさは以下なので、が出る。
ケーベ関数の切れ目の先は、この限界にぴったり来る。の係数がの関数なら、大きさをそろえる前の形で半径の円が覆われるので、なら半径2である。原点での倍率だけで、中心から縁までの距離の下限が言える。
翼の断面。 証明の手順11の分母にあるは、ジューコフスキー変換と呼ばれる。ニコライ・ジューコフスキーは、この写像で翼の断面を設計する道を開いた。
単位円は証明の手順12のとおりから2までの線分に畳まれる。中心をへずらし、1を通る半径約1.105の円にすると、幅が約4.03、後ろの端が2でとがった翼の形になる。MacTutorの伝記によれば、この翼は実際の航空機に使われ、今も翼の設計の計算を検証する基準の解になっている。
重なりと切れ目を手で確かめる
例題 1基本点を写す
について、次の値を求めよ。
(1)
(2)
(3)
解説を見る
(1)分母はなので、次のようになる。
(2)分母はである。
(3)分母を先に計算する。である。
は円周の上の点で、横の座標は0なので、でもになる。
例題 2基本予想の逆は成り立たない
とする。
(1)とを計算せよ。
(2)2点がどちらも円の内側にあることを確認し、このが単葉かどうかを答えよ。
解説を見る
(1)1つ目の2乗はである。
2つ目の2乗はである。
(2)距離の2乗はとで、どちらも1未満である。違う2点が同じ点へ写るので、単葉ではない。2点の和はで、証明の手順3のに合う。係数はを満たしていて、係数が小さいだけでは重ならないとは言えない。
例題 3入試切れ目の上の点と、円の内側の点
について答えよ。
(1)が円周の上にあることを示し、を求めよ。
(2)となるをすべて求め、円の内側にあるものを答えよ。
解説を見る
(1)なので円周の上にある。横の座標はである。
はより左にあり、切れ目の上の点である。
(2)証明の手順14の2次方程式にを入れ、4倍する。
因数分解するとで、解はとである。積は1になっていて、円の内側にあるのはだけである。例題1の(1)と合う。
例題 4大学反対向きの切れ目
について答えよ。
(1)の項まで展開し、を答えよ。
(2)切れ目の場所を求めよ。
解説を見る
(1)証明の手順15のの場合である。手順16にを入れる。
で、すべての番号で上限に等しい。
(2)分子と分母をで割るととなる。円周の上ではなので
はより大きく1以下で、は0の手前から4までの正の数になる。逆数はから右へ続き、切れ目はから右へ伸びる半直線である。
例題 5大学ケーベ関数の面積は0
ケーベ関数について証明の手順17〜19を計算し、を求めよ。また、での値を求めよ。
解説を見る
証明の手順17のはである。平方根をとる。
なので、手順18のがの係数に合う。をに替えて、逆数をとる。
なので、である。円周の上ではで、値はからまでの線分の上にあり、囲む面積は0である。
例題 6大学届かない点で作る関数
は、円周の点をへ写す。には円の内側から届かない。
(1)応用の章のを計算して簡単にせよ。
(2)のの係数がに等しいことを確かめよ。
解説を見る
(1)分子と分母にを掛けて整理する。
(2)証明の手順7のをに替えて、を掛ける。
の係数はである。のは1で、なので、となって一致する。大きさは1で、2番目の上限の2に収まっている。
切れ目の図と、線に乗る点
関数を替えて線と比べる
写った形の図は半径までの円の内側の行き先で、破線が円周の写った先(切れ目や縁)を表す。棒の図は係数の大きさで、太い線が上限である。
関数を替えて、棒が線に届く関数を探してみるとよい。番号2から先で届くのはケーベ関数と回したケーベ関数だけで、ほかはどれも線の下に収まる。読み出しの「最も遠い点」も、上限に届くのはこの2つだけである。
写す関数が届く学問
- 数学 複素関数の形と係数の関係を調べるとき、この定理を基準にする。1936年のロバートソン予想は、係数そのものではなく係数の2乗の和を抑えるという考えを持ち込み、ミリン予想とド・ブランジュの証明へつながった。
- 物理学 格子の上の乱雑な経路が細かくなった極限を記述するとき、ローブナーの式に乱数を入れたSLE(シュラム・ローブナー発展)を使う。オデッド・シュラムが2000年の論文で導入し、2006年のフィールズ賞はウェンデリン・ウェルナーに、この分野の発展への貢献などで贈られた。
- 工学 円のまわりの流れから翼のまわりの流れを求めるとき、ジューコフスキー変換で円を翼の断面へ写す。流れの式を解き直さずに、写像の式だけで形を変えられる。
- 情報科学 数学の証明を計算機に検査させるとき、この定理のように主張が短く証明が長い定理が、検査の仕組みの試験台になる。この定理も、主張は数行だが証明には特殊関数の理論まで要る。
円との差と、残った上限
- 2025年 フランス高等科学研究所(Yilin Wang): ローブナーエネルギーは、曲線が円からどれだけ離れているかを測る量である。Wangは、指定した個の点を通る曲線の中でこの量を最小にする問題を論じた。この量は、ローブナーの式を動かす関数からで決まり、が動かないとき0になる。(出典: Wang「Two optimization problems for the Loewner energy」arXiv:2402.10054)
- 2026年 北海道大学などの研究者: 非可換確率論で、独立な増分をもつ過程の分布の列と、上半平面のローブナー鎖の対応を調べた。ローブナーの微分方程式を積分方程式の形に広げ、それまで必要だった仮定を1つ外している。(出典: Hasebe, Hotta, Murayama「Additive processes on the real line and Loewner chains」arXiv:2412.18742)
- 2026年Frank Wikström: 値が0にならず大きさが1以下の関数の係数はを超えないという、1968年のクシシュ予想を調べた。等号の候補はケーベ関数の役にあたる。2014年の論文の時点で解けていたのは5番目までで、この論文は6番目を計算機の助けで示したと述べる。まだ査読前の段階で、7番目から先も残っている。(出典: Wikström「A computer-assisted proof of Krzyż's conjecture for the sixth coefficient」arXiv:2610.15206・Martínほか「The Krzyż conjecture revisited」arXiv:1311.7668)
- 2026年Leanの開発元(leanprover): AIによる形式化を比べる試験lean-evalに、ド・ブランジュの定理を問題として載せている。結論はと、テイラー展開の係数の形で書かれている。(出典: lean-eval「De Branges's theorem(Bieberbach conjecture)」)
参考文献
- L. Bieberbach, "Über die Koeffizienten derjenigen Potenzreihen, welche eine schlichte Abbildung des Einheitskreises vermitteln", Sitzungsberichte der Preußischen Akademie der Wissenschaften (1916), 940-955.
- L. de Branges, "A proof of the Bieberbach conjecture", Acta Mathematica 154 (1985), 137-152.
- K. Löwner, "Untersuchungen über schlichte konforme Abbildungen des Einheitskreises. I", Mathematische Annalen 89 (1923), 103-121; J. E. Littlewood, "On Inequalities in the Theory of Functions", Proceedings of the London Mathematical Society (2) 23 (1925), 481-519.
- T. H. Gronwall, "Some Remarks on Conformal Representation", Annals of Mathematics 16 (1914), 72-76; R. Askey, G. Gasper, "Positive Jacobi Polynomial Sums, II", American Journal of Mathematics 98 (1976), 709-737.
- R. N. Pederson, "A proof of the Bieberbach conjecture for the sixth coefficient", Archive for Rational Mechanics and Analysis 31 (1968), 331-351; M. Ozawa, "On the Bieberbach conjecture for the sixth coefficient", Kōdai Mathematical Seminar Reports 21 (1969), 97-128; R. Pederson, M. Schiffer, "A proof of the Bieberbach conjecture for the fifth coefficient", Archive for Rational Mechanics and Analysis 45 (1972), 161-193.
- L. Weinstein, "The Bieberbach conjecture", International Mathematics Research Notices 1991 (1991), 61-64.
- W. Koepf, "Bieberbach Conjecture, the de Branges and Weinstein Functions and the Askey-Gasper Inequality"(講演資料、2003年).
- J. J. O'Connor, E. F. Robertson, MacTutor History of Mathematics, "Ludwig Bieberbach", "Charles Loewner", "Paul Koebe", "Nikolai Egorovich Zhukovsky".
- パーデュー大学「Purdue Professor Solves 68-Year-Old Math Problem」(1984年8月28日。確かめた範囲を「最初の30個」とも「25番目まで」とも書く)、Wikipedia "De Branges's theorem"(本を書いていた経緯).
- O. Schramm, "Scaling limits of loop-erased random walks and uniform spanning trees", Israel Journal of Mathematics 118 (2000), 221-288; 国際数学連合「Fields Medals 2006」.