角度θの36年
ニュートリノ振動の確率を表す式には、角度が1つだけ入っている。
はニュートリノの種類がどれほど混ざっているかを表す角度である。2種類のニュートリノを、質量の決まった2つの状態の混ざりとして書いた論文は、1962年に名古屋大学の牧二郎、中川昌美、坂田昌一の3人が出した。3人が扱ったのは電子とミューの2種類で、今の混合の行列は3種類に広がり、角度も3つになっている。そのうちミューとタウの混ざりの角度を測ったのが、1998年、岐阜県神岡の地下にある検出器スーパーカミオカンデだった。最もよく合う値は、角度にして45°である。
混ざりの角度という同じ考えに、日本の研究者が36年をはさんで、書く側と測る側から関わったことになる。
2015年の物理学賞に添えられた専門向けの解説は、3種類の混合の行列を、先駆けの仕事をたたえてポンテコルボ・牧・中川・坂田(PMNS)行列と呼ぶと書いている。名が残ったのは、混合の行列のほうである。
では、日本の研究者は公式のどこに関わってきたのか。筆者がこの事典の公式の記事を読み直して分けると、関わり方は4通りになった。予想や式を先に書く。実験で値を測って確かめる。足りなかった項を足す。桁を計算する。関わった場所はたいてい式の全体ではなく、角度が1つ、項が1つ、整数倍が1つといった一部分である。
先に書かれた予想
数学史のサイト、マクチューターの伝記によると、谷山豊の名は、1955年に東京と日光で開かれた代数的整数論の国際シンポジウムで出した2つの問題で知られる。そこから、楕円曲線と保型形式を結ぶ予想が形になった。プリンストン大学数学科の追悼の文は、この予言を志村五郎と「その共同研究者の谷山」が出したものとして書く。志村は1958年に東京大学で博士号を取り、1964年からプリンストン大学の教授を務めた。
予想の中身は、素数ごとに数えた点の数が、ある級数の係数と一致するというものだ。楕円曲線の式を素数で割った余りの世界で解き、無限遠の点を1つ足して数えた個数をと書く。
筆者はという曲線で数えてみた。では解が4組あり、無限遠の点を足して5個なので、になる。とでも5個で、、である。一方、次の積を展開すると、同じ数が同じ順に並ぶ。
59までの素数で数えても、食い違いは1つも無かった1。有理数の上のどの楕円曲線にも、こうして係数の合う級数がある。谷山と志村の仕事は、2つの数の列を等号で結ぶこの部分にあたる。ワイルズは1995年、半安定な楕円曲線についてこの予想を証明し、フェルマーの最終定理を解いた。
掛谷宗一の関わり方は、問いそのものだった。長さ1の針を平面の上で動かし、向きを180°反対にするには、最小でどれだけの面積が要るか。答えは、ベシコヴィッチが示したとおり、いくらでも小さくできるというもので、式の形にはならなかった。2025年にワンとザールが3次元で証明を出した3次元の掛谷予想は、そこから生まれた次元の問いである。統計数理研究所の記念誌によると、掛谷は東北帝国大学の助教授や東京帝国大学の教授を務め、1944年に同研究所の初代所長になった。
佐藤勝彦の1981年の論文は、題を「真空の一次相転移と宇宙の膨張」という。2014年のJSTサイエンスポータルの取材で、佐藤は大統一理論などからヒントを得たと話しつつ、「本質は真空の相転移です」と答えている。相転移が遅れて真空のエネルギー密度が下がらずに残ると、膨張率は一定になり、宇宙の伸び具合を表すスケール因子は指数関数で増える。
佐藤の論文では、右の式のが、相転移の終わらないあいだの真空のエネルギーにあたる。同じころ別に論文を書いたアラン・グースとの経緯は、宇宙のインフレーションの記事にある。
地下と雲母で測った値
確かめる側が測ったのも、式の一部分だった。
ド・ブロイが1924年に書いたは、電子が波なら結晶で回折するはずだ、という予言でもあった。理化学研究所の菊池正士は、薄い雲母の板に電子を当て、通り抜けた電子で回折の像を撮り、1928年6月に帝国学士院の紀要へ報告した。確かめる筋道は2つの式でできている。
左の式で加速電圧から波長を出し、右の式で結晶の面の間隔と、波が強め合う角度につなぐ。測るのは角度で、正しいかどうかを問われたのは左の式のである。菊池の像に現れた線の模様は、のちに菊池線と呼ばれるようになった(ド・ブロイ波長)。
スーパーカミオカンデは、冒頭の式のとを測った。大気でできたニュートリノが飛ぶ距離は、真上から来れば約15 km、地球を通り抜けて真下から来れば約13,000 kmになる。このの違いを、来る向きで読み分けたのである。1998年の論文は、、 eV²という範囲を出した2。2015年のノーベル物理学賞は、スーパーカミオカンデの梶田隆章と、カナダのアーサー・マクドナルドに、「ニュートリノに質量があることを示す、ニュートリノ振動の発見」で贈られた。が0でなければ、少なくとも一方の質量は0でない。
装置の形はその前の世代で決まっていた。東京大学理学系研究科が出した偲ぶ会の案内は、小柴昌俊がカミオカンデで発案した「大きな水タンクと大口径光電子増倍管によりニュートリノ事象をとらえる」という考えが、25倍の大きさのスーパーカミオカンデに引き継がれたと書く。式の文字には入らないが、とに数を入れる装置をつくった関わり方である。
近藤滋が確かめたのは、チューリングパターンの式から出る1つの予言だった。
縞の間隔は拡散の係数、と、反応の式、で決まる。体の長さは式のどこにも入っていない。だから魚が育っても縞の間隔は変わらず、縞の数のほうが増えるはずである。
科学技術振興機構の広報誌によると、近藤は関西中の熱帯魚店と水族館を回ってタテジマキンチャクダイの縞を数え、体長に比例して縞が増えると確信した。ところが、魚の専門家や水族館の人に聞くと、縞は増えないと言われる。最後に訪ねた大阪の店で、ただ1人「縞は増える」と言い切った店の人から魚と水槽を買い、育てると、1本の縞が2本に分かれていった。1995年、近藤らはこの魚の仲間の皮膚に走る反応拡散の波を報告している。のちにゼブラフィッシュも調べ、黒い細胞と黄色い細胞の働きが「チューリング波の数式のどこに対応するのかもわかり」と近藤は話す。
足りなかった項
式がすでにあるとき、あとから入れる場所はどこにあるのか。
ブラック・ショールズ方程式の中で、伊藤清の仕事から来たのは1つの項だ。
ふつうの微分なら、この項は出てこない。ブラウン運動で揺れる量で試すと、の変化は伊藤の公式で次のようになる。
最後のを落とすと、の平均は時間がたっても0のままになる。実際の平均は経過した時間に等しい。伊藤は1951年、『名古屋数学雑誌』に「確率微分についての1つの公式」を載せた(ブラウン運動)。国際数学連合とドイツ数学会が、数学の外の技術や経済、暮らしに影響した研究に贈るガウス賞を2006年に初めて出したとき、受賞したのは伊藤だった。
安藤恒也らの1975年の計算からは、整数が出てきた。東京大学の3人は2次元電子系のホール伝導度を計算し、1985年のノーベル物理学賞の発表によると、伝導度が特別な点での整数倍の値をとりうることを導いた。
は約 S、逆数のは約25,813 Ωになる。意外なのは、同じ発表が、安藤の理論を発見への大事な一歩と書きながら、その理論が高い精度で当てはまるとはほとんど期待できなかったとも書いていることだ。整数倍がきわめて正確に出ることを1980年に見つけたのは、量子ホール効果の記事のとおりフォン・クリッツィングである。
甘利俊一は、学習の式に入る微分に手を入れた。
は誤差、は小さな正の数、は素子の出力、は入力に重みを掛けて足した量である。当時の素子はオンかオフかの階段の形で、はほとんどどこでも0になる。これでは中間の層の重みを、どちらへ動かせばよいかが分からない。2025年のJSTサイエンスポータルの取材で、甘利は九州大学に移ったころ、若い研究者と研究サークルを作り、出力が連続した量になる「アナログニューロン」を考えたと話している。パラメーターを少しずつ変えたときに答えがどう変わるかは「微分すればわかります」と言い、この考えを1967年の論文「適応的なパターン分類器の理論」にまとめた。たとえばならで、微分は0にならない。誤差逆伝播法の記事は、この仕事を確率的勾配降下法の早い例として扱っている。
小澤正直が足したのは、不等式の2つの項だ。ハイゼンベルクの関係は、位置を測る誤差と、そのとき運動量に与える乱れの積に下限を置いた。小澤が2003年に出した論文の不等式には、測る前の標準偏差、を含む項が加わる3。
誤差を0にしても、残るを満たせばよいので、乱れは有限で済む。ハイゼンベルクの形のままなら、誤差0には限りなく大きな乱れが要る。2012年には名古屋大学の小澤とウィーン工科大学の長谷川祐司らのグループが、中性子のスピンの測定でハイゼンベルクの形が破れ、小澤の形が成り立つことを確かめたと発表した(不確定性原理)。
何兆桁を回す手間
円周率の桁の記録をたどると、日本の研究者の名前が何度も出てくる。デイヴィッド・ベイリーが2003年に書いた解説に載る計算の年表では、1981年から2002年までの17件のうち12件に金田康正の名がある。
2002年12月の日立の発表によると、東京大学情報基盤センターの金田は、同社のスーパーコンピュータSR8000/MPPを使い、円周率を約1兆2,400億桁まで求めた。ベイリーの同じ解説によると、使った式はアークタンジェントを組み合わせた2本で、うち1本を次に示す(見つけた人のことはチュドノフスキーの公式の記事)。もう1本は、シュテルマーが1896年に見つけた式である。
にを入れると、1項進むごとに項は分の1になり、正しい桁は約3.4桁ずつしか増えない。1兆2,400億桁に届くまでには、約3,700億項を足すことになる。
金田の仕事は、式の中のどれかの文字ではなく、この和を求める手間にかかわっている。日立の発表によると、このとき金田と日立は分割有理数化法(DRM法)を新たに作り、1999年に金田が出した約2,061億桁の約6倍に届いた。DRM法は、級数に基づく多数桁の計算で演算の量を減らす方法である。情報処理学会の論文誌に載った論文には、後保範、金田、高橋大介の3人が名を連ねる。ベイリーの解説では、2本の式の答えが合ったあと、16進法の1兆1桁目からの20桁をBBPの公式の型の方法で別に求め、一致を確かめている。
ベイリーの年表で1995年から1999年の3件に金田と並んで名がある高橋は、その後、筑波大学で記録を伸ばした。2010年の論文によると、桁の多い数の掛け算を高速フーリエ変換で行い、それを分散メモリの並列計算機に分けて、2兆5,769億8,037万桁を求めた。640台のノードで、検証を含めて73時間36分かかっている。掛け算をどこまで速くできるかは、n log nの掛け算の記事が扱う問いそのものである。
2018年の論文では、16進法で10京桁目の数字を、同じBBPの型の式で求めた。抄録によると、この型の式は累乗の余りの計算で求められる。いちばん時間のかかる余りの掛け算をモンゴメリ乗算で行い、Xeon Phiを積んだ512台のノードで、検証を含め641時間29分かけた。計算の中心は次の余りを求める部分である。
混ざりの角度を0にする
冒頭の式を手で動かす。「混ざり方」のつまみを0にすると、距離とエネルギーをどう変えても、ミューニュートリノのまま残る確率は1から動かない。混ざりが無ければ、種類は変わらない。次に「1998年の値」を押してから「真上から」と「真下から」を切り替えると、スーパーカミオカンデが比べた2つの向きの違いが出る。
名前が残った部分
日本の研究者が関わった年と、その式がつながった出来事を並べた。差は筆者が年から引いたものである。
- 混ざりの角度: 1962年(牧・中川・坂田) → 1998年 スーパーカミオカンデの測定(36年後)
- 点の数と級数の係数: 1955年(谷山の問題) → 1995年 ワイルズの証明(40年後)
- の項: 1951年(伊藤の公式) → 1973年 ブラック・ショールズ方程式(22年後)
- 中間の層の微分: 1967年(甘利の論文) → 1986年 誤差逆伝播法の論文(19年後)
- の整数倍: 1975年(安藤らの計算) → 1980年 フォン・クリッツィングの発見(5年後)
- 誤差と乱れの項: 2003年(小澤の論文) → 2012年 中性子の実験(9年後)
- 電子の波長: 1928年(菊池の報告) → 1924年 ド・ブロイの式(4年前)
- 縞の間隔: 1995年(近藤らの報告) → 1952年 チューリングの論文(43年前)
上の6つは日本の研究者が先に書き、あとから実験や証明、応用が続いた組である。差は5年から40年まで開いている。下の2つは向きが逆で、先に出た式を日本で確かめた組になる。
名前の残り方も、関わり方で分かれた。伊藤の公式、谷山・志村予想、PMNS行列、菊池線、小澤の不等式、掛谷の問題では、関わった部分にそのまま人の名が付いた。一方、安藤らが計算した整数倍の段には、今はフォン・クリッツィング定数の名が付いている。佐藤の指数関数の膨張を指す名は、グースの付けたインフレーションである。スーパーカミオカンデが測った値や、金田と高橋が計算した桁に、人の名は付いていない。
ここからは筆者の見立てである。名が残ったのは、式や行列、線の模様のように、取り出して指させる部分に関わった場合が多い。測った値や計算した桁は、次の測定や次の記録で塗り替えられていくので、人の名で呼ぶ理由が生まれにくいのかもしれない。
研究室の外で使われる項
印を付けた部分のいくつかは、研究の外でも毎日使われている。
- 量子ホール効果のは、電気抵抗の基準になっている。物質・材料研究機構の2021年の発表は、量子ホール効果を使う精密な抵抗標準器の理論的な基礎も安藤が確立したと書く
- 伊藤の公式から来た項は、オプションの値段を決める計算の中にある
- 中間の層の重みまで勾配で動かす学習は、今のニューラルネットワークの学習のもとになっている
- 菊池線の模様は、金属の結晶の向きを地図にする方法(EBSD)で読み取られている
式の一部分を探す読み方は、ほかの公式にも使える。公式の記事を開いたら、証明の手順のどの行が誰の仕事なのかを、起源の章と見比べてみるとよい。この特集で印を付けた部分は、ブラック・ショールズ方程式なら証明の手順2、ニュートリノ振動なら証明の手順1にあたる。受賞の理由の文から公式をたどる読み方はノーベル賞と公式に、円周率の記録の移り変わりは円周率が出てくる公式と、その理由にある。
参考文献
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